室生犀星『かげろうの日記遺文』

作品番号:17 2008/11/23 version 1.1
作品情報 テキスト : 室生犀星『かげろうの日記遺文』、講談社文芸文庫、1992年4月(第二刷)
参考文献

ビギナーズ・クラッシック『蜻蛉日記』、角川書店編、角川文庫(2008年、第八刷)


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かげろうの日記遺文 (講談社文芸文庫)
蜻蛉日記 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)

この作品について

私が好きな、室生犀星の王朝作品の一つ。参考文献によると、犀星が手がけた王朝小説の集大成とも言うべき作品らしい。一人の男をめぐっての三人の女の物語。男に自分の気持ちをひたすら与えて消えていった幻想的な女、冴野が放つ強い光に物語全体が照らされている。作品解釈としてこのウェブサイトでも取り上げている、「或る少女の死まで」「性に目覚める頃」はどちらかというと受動的な作品で、対象の美をあるがままに観察し、そこにある美しさをありのままに記述するという立場が取られているように思うが、この作品では冴野が放つ怪しく強い光で物語全体が照らされ、その光により紫苑の上、兼家の人生が変わるという能動的な側面が感じられる。しかし、結末では冴野の放つ光は冴野自身を幸福にすることはなく、冴野の美しさも滅んでいく。美しいものが滅んでいく様を描写する、という立場からは、前者二作品と共通するものがあると言えるように思う。


作品の構成と特徴

『かげろうの日記遺文』は、全部で12の章から成る長編小説で、主な登場人物は兼家、時姫、紫苑の上、そして冴野の4名である。あたらし野の姫、というのが後半に登場するが、物語の中では積極的な役割を与えられておらず、この姫が小説のプロットに大きく影響することはない。紫苑の上と冴野は犀星が名を与えたもので、オリジナルの『かげろう日記』ではそれぞれ道綱母、町の小路の女に相当する。『かげろう日記』では、町の小路の女は兼家の寵愛を失い、最後には棄てられるのだが、『かげろうの日記遺文』の中では犀星はこの女の記述を大きく膨らませ、時姫や紫苑の上と対等に扱う。第4章から冴野の存在が大きくなり、紫苑の上や時姫の嫉妬心を煽る。紫苑の上と時姫は、冴野に対して嫉妬すること、位が高いという点で同一の立場として描かれ、犀星はこの2人の対極に冴野を置く。そして、その冴野の放つ威光が時姫と紫苑の上を照射するという基本構造の上に物語が展開する。

既に時姫と結婚している兼家は、歌才に長けた気高い女、紫苑の上と結婚する。しかし、兼家は第三の女、冴野に次第に心を奪われていく。冴野は町の小路に住む貧しい女でありながら、誇り高い時姫、才気溢れる紫苑の上とは全く違った魅力を放つ女であった。冴野の放つ強力なメッセージは、紫苑の上の生き方に大きな影響を及ぼすようになっていく。 ※時姫も作品を構成する一要素であるが、後半部分では時姫の扱いは軽く、紫苑の上がクローズアップされる。

この作品には現実と幻想が入り混じった箇所が二カ所存在する。一つは冴野が死んだ赤子を抱いて紫苑の上を訪れる場面、もう一つは最終章「再会」で、兼家と紫苑の上が寝ているところに冴野が登場する場面である。どちらも現実には起こりえないような描写が含まれるが、かと言ってここで語られた中身が幻想というわけではなく、しっかりと物語の展開の中に組み込まれている。これは犀星の小説技法の一つであるように思える。

作品の解釈

物語は、兼家が紫苑の上に求婚するところから始まる。紫苑の上は歌才豊かな才女で気高く、相当の教養の持ち主であったと考えてよい。和歌や文学は人の心を相手にするものなので、これらに深い理解があるということは、気持ちのやりとりや恋愛にも長けていると考えられなくもない。しかし、兼家の解釈は違っていたようである。兼家は、「歌は、あの女のいのちみたいなものだ。あれには私も指も触れることができない」と、紫苑の上の歌にかける気持ちを述べている。これは本来、他人同士で気持ちのやりとりを行うために用いるべき歌が、紫苑の上の中ではそれ自体が目的化してしまっていることに他ならない。「私も指も触れることができない」とは、紫苑の上は完全に自分一人の世界に入ってしまい、夫である兼家の気持ちを見通すことができないことを示唆している。紫苑の上と兼家の間にある溝の存在の明示、これが前半部分の解釈の要である。

一方、時姫はどのように描かれているか。紫苑の上が嫁いだときには、既に兼家は時姫と結婚しており、時姫には子供が3人いる。時系列的に見ると時姫の登場は町の小道の女(冴野)の登場後であって、時姫の心情は「町の小路の女を一目見たい」、「兼家をそこまで惹き入れた女を蔑みたい」と、冴野に対するライバル意識を前提として語られている。紫苑の上と違って、時姫には自分自身の世界というものが無い。あるのはあくまで冴野との相対的な比較の上に存在する、嫉妬心である。時姫の描写は紫苑の上に比べるとかなり単純であり、作者は時姫に大した役割を与えていないように思える。紫苑の上のプロファイル紹介に引き続き、時姫のやや粗雑なプロファイルが紹介され、嫉妬する2人の女 vs 冴野という基本構図が出来上がる。

人物関係図
<女3人と兼家の関係図> Mind Manager Pro Ver.6で作成

それでは、筆者は冴野をどのように紹介しているであろうか。第4章「町の小路の女」が冴野の紹介に当てられているが、冴野は下総介の娘ということになっている(つまり、現在は貧しいが素性は悪くないということである)。しかし、兼家に仕える前には2人の男渡りをしたとされており、時姫や紫苑の上に認められるような、気高さは感じられない。「殿をお頼りする他に、頼るすべも他にございません」 「殿さえ、ご満足のていなれば、女の身として何も欲しくはございません」このような言葉は、間違っても時姫や紫苑の上の口からは出ない。冴野の前では、時姫も紫苑の上も、兼家にとっては「窮屈な姫達」となってしまうのである。

冴野の性質をさらに補足する重要な脇役が、冴野の前夫「名も無き侍こと忠成」である。第7章、第9章のやりとりから、忠成は冴野と別れてはいるものの、冴野のことを深く愛し続けていることが窺われる。忠成は官途の道が開けず、冴野との生活を続けていくことができなかった。生活に困り果ててこのままでは犯罪もやりかねないとの判断から冴野は忠成の元を離れた。冴野の邸を訪れ、よりを戻したいと言う忠成に対して冴野は毅然としてそれをはねのける。「昨日あったことに惹き込まれていたら、女は生きていかれないのです」、この言葉は、私は忠成に対する深い愛情から出た言葉であると解釈した。忠成は素浪人の体であり、3年前に別れたときと状況は同じで好転していない。その様子を見て取った冴野は、元に戻ることはできないと判断したように思う。「さきの方で待ち伏せているのは貧窮と、すさんだ毎日だけなんですもの。あなた様の言いなりには、もはや、なりませぬ」、冴野の言葉は身を切るように鋭いが、同時に相手に対する思いやりも含まれているように思われるのである。

前半部分では、紫苑の上と兼家の間にある溝が解釈の要であると論じた。それでは後半の要は何か。物語が進むに従い、兼家と3人の女のやりとりだけでなく、3人の女の間でのやりとりが出てくるようになる。いわゆる三角関係どころか四角関係の構図で、かつ姫間で兼家を取り合う様が描かれ(ただし、冴野は紫苑の上や時姫とは別格の扱いであるが)、読者の好奇心(?)を充分満たしてくれている、と言えなくもない。ただしこれは読者に対してのサービスではなくて、あくまでも物語上に明確な意図があってのことである。その意図とは、三人の姫とのやりとりの中から、紫苑の上の意識を変えることであるように思われる。

紫苑の上が才女であり、歌才に長けてい、しかし、その紫苑の上の才能が兼家と付き合う上でプラスになっているとは言い難い。冴野の位置付けは、紫苑の上が至らない部分を補う形になっていると解釈できる。それでは、冴野が持っていて紫苑の上に欠けているものとは何か。それは冴野の、「まるで男は子供のように美しい物に夢中になって、昏れかける途をとぼとぼ歩いていられるんですもの、どうしても手を籍さずにはいられません」(pp.99)という言葉の中にヒントがあるように思える。これは一言で言うと相手(男)に対する包容力ということになろう。第10章にある、「殿からいただいた愛情だけを抱いて去ります。」(pp.161)という冴野の科白もそれを支持している。

最終章「再会」で、紫苑の上と冴野がhead-to-headのやりとりをして兼家を取り合う場面がある。ここでは紫苑の上は冴野と”まったく対等に”やりとりを行うまで成長している。(厳密に言うと、紫苑の上の成長と、冴野の凋落がセットになって語られている。町の小路の邸を離れた冴野は、その後あまり幸福な生活を送っていないことが暗に示されている)この場面は、幻想的に描かれていて、現実にこのようなことが起こったのか、あるいは夢の中の出来事なのかを明確に区別するのは難しい。紫苑の上や時姫からバッシングされて町の小路の邸を去った時、冴野の態度は悠然としたものであった。少なくとも、兼家のためという意識は強くあったように思われる。しかし、「やっとの思い」で忍び込んできた冴野の態度には余裕は感じられず、兼家に一目会いたいという、ただそれだけの必至な想いがあるだけである。これはこれで悪くはないと私は思うのだが、今までの冴野のイメージをひっくり返してしまうほどの、大きな変わりようである。

犀星が、冴野の描写を大きく変えたのは何故だろう。冴野は、自分の全てを男(兼家)に与えて、兼家のために町の小路の邸を去った。兼家の愛をいただいて、それで満足して去ったとされている。時姫や紫苑の上に対する冴野の態度もこれと一致しており、少なくとも冴野が邸を去るまでは、冴野の態度にぶれは認められない。「再会」の章で冴野の態度が大きく異なるのは、女だから、兼家が恋しくなったのだろうと解釈することも可能である。が、しかしこの部分は紫苑の上の態度と合わせて解釈するべきである。紫苑の上は、冴野と出逢うことにより(正確には、冴野に惹かれている兼家に苦しめられ、自分自身も冴野とhead-to-headのやりとりをするということであるが)、文学の中に閉じこもっていた自分自身の「女」と、否応無しに向き合うことになった。それは彼女にとって、必ずしも楽しい経験ではなかったはずであるが、結果的に兼家との関係が改善される。冴野が邸を去った後で、兼家が紫苑の上に「冴野を返せ」となじる場面がある(pp.165)。文学のみに関心が向き、気高い態度を取っていた時期の紫苑の上ならば、このような兼家の態度は汚らわしいと思うだろう。しかし、冴野とのやりとりで成長した紫苑の上は、このような兼家の態度を拒絶する一方で、兼家が自分の邸に戻ってくるときには受け入れると、優しさを示す。なんという心の変わりようであろうか!この紫苑の上の変化は兼家も直ぐに察知し、紫苑の上と兼家の関係は一段高まるのである。「再会」の場面で冴野と対面した紫苑の上は、以前の紫苑の上とは異なる、ということに着目すると、「再会」では、毅然とした態度が崩れた冴野と、優しさを身につけた紫苑の上との対面という構図になっていることがわかる。犀星がこのような構図を用意することで、紫苑の上と冴野は初めて同じ土壌で対面することができるのである。(これは、冴野が紫苑の上の目をふさぐ時に本気になっていることからも説明できる。ここの場面では冴野の態度に余裕は感じられない)

兼家は、結局のところどちらの女を選択することはなかった。犀星が用意した二者択一を迫る「愛の修羅場」は、勝者敗者が決まる形では幕を下ろさなかった。作品のプロットは、どちらの女も全く対等に扱い、愛の修羅場を回避する形で終焉している。紫苑の上と冴野の対面そのものが、幻想の中での出来事であるかのように記載されているのも、二人の対峙を白黒決着付けるのを回避するのに役立っている。最終章では、兼家という人物の影は薄れ、紫苑の上がクローズアップされた形で物語は終わる。

Mind Jet社 Mind Manager Pro Ver.6 を使用して、作品構造図を作成しました。こちらからどうぞ(PDFファイル 526KB)

解釈のまとめ

この作品は一見、冴野の魅力を中心に描かれているように思える。しかし、全体を通読して改めて考えてみると、この作品は紫苑の上の心の成長の物語であるように思える。冴野の放つ光は紫苑の上を照射し、それによって紫苑の上が作品の中から浮かび上がってくるように思えるのである。兼家が、紫苑の上の歌才に対して抱く畏敬の念、そして紫苑の上に欠けているものを冴野が指摘する場面がある。冴野からの、紫苑の上に降り注ぐ強力なメッセージは、紫苑の上を和歌の世界に安住させておくことを許さないのである。

犀星は、自分自身の消息を知らない生母ハルの身の上に冴野を重ね合わせてこの作品を作った、とされている。冴野の人物像は、犀星の心の中にある生母ハルとのイメージと非常に近いものであったのだろう。しかし、作品の構造から解釈すると、この話の主人公は冴野ではなくて紫苑の上と考える方がつじつまが合う。冴野から、言葉にできないたくさんのメッセージを受け取った紫苑の上は、大きく成長することになるのである。

室生犀星「或る少女の死まで」「性に目覚める頃」の作品解釈もご覧下さい。


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