作品番号:4 |
1999/5/11登録 |
| 室生犀星 |
「或る少女の死まで」 短編集『或る少女の死まで』収録 |
作品情報 |
テキスト : 室生犀星『或る少女の死まで』、岩波文庫(1952) このページの出典: 福永武彦研究会 第30回月例研究会発表、「読書ツールとしてのコンピュータの利用」 |
この作品について
古本屋で何気なく手に取った1冊。読んだのは95年の10月である。登場する2人の少女は、その性格や境遇は異なっているがどちらも結局死んでしまう。悲しい話であるが、「私」と少女のやりとりがとても暖かく描かれていて癒しを感じさせる。室生犀星の作品にはこの他にも「性に目覚める頃」のように少女が登場するものがいくつかあり、いずれも完成度は高い。なお、本作品の読み解きは福永武彦研究会 第30回月例研究会での発表「読書ツールとしてのコンピュータの利用」において作品分析の具体例として提示したものである。したがって本作品の読み解きにはアウトラインプロセッサ「インスピレーション」を使用しており、そのイメージ図をここで発表する。
作品の構成
物語の主人公およびその周囲の登場人物は貧乏であり、明日の食べ物にも事欠く生活を続けている。そんな主人公が2人の少女に出会い、この2人の少女との交流により心に暖かいものが生まれてくる。しかし2人の少女はいずれも昇天してしまう。そして主人公である「私」の心の中で少女の中の純潔な要素は永遠に私の中に固定される。作品の解釈
「或る少女の死まで」登場人物間の関係図
この作品を読み解くためには、ふじ子ー主人公「私」ーS酒場の少女の関係を把握する必要がある。それに主人公の友達や借金取り、ふじ子のお母さん、S酒場のおかみさんなどが絡んでくるとするとわかりやすい。
解釈を終えて
『ポプラの秋』同様、アウトラインプロセッサの導入により作品の構造分析および主題分析がグラフィカルに可能になった。本作品は短編であるためかプロットの筋が非常にはっきりしていて鋭い感じを受ける。2人の少女との心暖かい交流により主人公に与えられる癒しは一時的なものであるが、室生犀星はこの作品でその一瞬の鋭い輝きを描き出したかったのかもしれない。純潔さに触れ、そして癒されていくというストーリーはありきたりのものかもしれないが、ここで語られているのは少女と大人の心の触れ合いのひとつの型であり、作家が描いている美しさの一形態を見事に表現しつくしているように思われる。今後そのような作品を読むことがあれば比較してみることにより、この作品から受ける感動の源泉について詳細な解析が可能になると考える。
室生犀星「性に眼覚める頃」、『かげろうの日記遺文』の作品解釈もご覧下さい。
You Tubeに或る少女の死までの映像が収められています。作品全体の風景を2分少しに縮めたダイジェスト版ですが、BGMも美しく、登場人物もこの作品のイメージにぴったりなので、是非ごらんください。アクセスはこちらから。