作品番号1−その2/ 040819 ENT
福永武彦 『草の花』−大林宣彦監督映画「なごり雪」との関連についての考察

§大林宣彦監督映画「なごり雪」との関連についての考察

  




この映画は2002年に角川大映映画から配給され、現在ではパイオニアからDVDとして発売されています。

パイオニア株式会社、PIBD-7284, 本編111分、大林恭子プロディューサー、第22回藤本賞・特別賞受賞作品。

なお、以下の書籍が出版されています: 大林宣彦『なごり雪』、メディアファクトリー(2002), \667

私は元々大林監督の映画がわりと好きで、自分でもいくつかDVDを所有しています。
この作品についても上映されているときから知ってはいましたが、あまり派手に宣伝されることもなくとうとう映画館に見に行く機会を逸してしまいました。2003年10月にAMAZONでDVDを購入し、手元に置いておいたのですが実際に観たのは今年の4月頃でした。

生活に疲れた50歳の男・梶村のところに、昔自分がふった恋人・雪子の危篤を知らせる連絡が入るというところから物語は始まる。かっての恋人は交通事故に遭って全身包帯にくるまれ、一言も口を利けない。そして梶村を出迎えたのは昔の親友であり、雪子の夫でもある水田だった。

かって、梶村、水田、そして雪子の3人は高校生を卒業するまで臼杵の町で生活を共にしていた。梶村が東京の大学に進学し、水田と雪子は臼杵の町で生活を続けたが、やがて梶村と水田、雪子の間にはゆっくりと隔たりが出来上がっていく。高校生の時から雪子は梶村に想いを寄せており、梶村もそのことはうすうす気が付いてるが、態度を曖昧にさせたまま梶村は上京してしまう。そして夏に梶村がガールフレンドを伴って帰省した際、2人の間をつないでいた糸はついに切れてしまう。そして、雪子は水田と結婚して臼杵の地に根を生やした生活に入る。

物語は30年前の過去と現在を何回も往復しながら、3人の共有している思い出の回想をベースにして展開する。時間軸の意図的な操作は福永の文学作品に馴染みのある方には親しみやすいと思うが、この物語の一番の面白さは、重体でベットに横たわっている雪子の心情を忖度することであろう(雪子が一言も口を利けない、という設定になっているのがひとつの仕掛けになっている) 結局雪子は梶村への思いを払拭できなかったのではなかろうか。一番好きな人を心の中にしまい込んだまま、水田と結婚したのではなかろうか。これが作品全体の大きなテーマとなっており、物語の中に含まれる全てのプロットを支えている。 結局雪子は助からず、一言も口を利かずに逝ってしまう。臨終の場面で雪子が流す一筋の「涙」は、一体どのような意味だったのかは結局明確には語られずに鑑賞者の解釈に任されている。

一番想っていた人と成就できず、結局は他の人と結ばれた、という雪子の状況が『草の花』の千枝子像と重なるのである。汐見の出兵そして行方不明と、千枝子と雪子が置かれた状況は異なるが、明確な意思表示の交換がなされないまま関係が解体してしまったという点では共通している。千枝子は生き、雪子は死んだ。千枝子が「私」に宛てた手紙の中で、「どうぞ私をおゆるしくださいませ」という下りがあるが、このとき千枝子の目には涙が流れただろうか。残された者が幸せで、死んでしまった者が不幸であるとは一概には言えない。片方がこの世を去っても、2人が背負っていつものの大きさは変わらない。千枝子も、そして梶村も半分を引き受け、それを背負って生き続ける。それがこの2つの物語に込められた「救い」であると考えられる。

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