『風のかたみ』 福永武彦研究会 研究発表会発表レビュー(1998年11月15日発表)
- イントロダクション
A. 発表3回目だが、長編小説をあえて選択した
- 理由は、PC(というか、アウトラインプロセッサ)を活用した方法論を完成させたかった
- 「プロットを支えることばの仕組み」を自分なりに解明
- 長編小説の構造について言及してみたかった
- 「小説の力」のような作品分析をやってみたかった
- 読みの方法については、PC活用のところで言及する
- まず、作品構造全体についての感想を述べる
- 次に、この作品のキーワードを設定して主題を探す(主作業)→初読のイメージ倒壊
- それから、主題に基づいて読みを展開し、自分の解釈を皆様に聞いていただく
- 『草の花』の時と同様ディスカッションを含めた形で会報の執筆材料とする
- 読後イメージと「読み」の検証
- 再読後の感想
- 作中人物の描写が単純で深みがない(不満)
- 恋愛の成立がほとんど一目惚れに近く、恋愛成立が容姿(=エロス的愛)を基盤としている
- 安麻呂や不動丸の繊細さの記述が通俗小説化を「かろうじて」救っているようなところはある
- physicな要素が濃い→小説内容の低俗下、読者の期待を裏切るのでは?
- ダイナミックな行動が目立ち、娯楽小説の色が濃い(会報3号で倉持氏も指摘)→本当に娯楽小説なのか?
- 不動丸=判官、法師の慾等ドンデン返しが準備されている
- 次郎ー安麻呂、萩姫ー楓が直接やりとりする場面が準備されている
- 物語展開ツールとしての「笛」の役割。イベントインデューサーとしての道具と共に、最後に姫の手に渡り形見となる
- 自分の「読み」の検証
- とにかく悲しいイメージが強い
- 失恋のレベルが高い(=絶望的)のとは少し異なる。想いが叶わない点に感動したのではない。
- 最終章「いさら川」の重みが大きい→自分は娯楽小説としては読んでいないと考えられた。
- 例会発表のレベルとして以下の内容が説明できることを目標にした。
- 1.「いさら川」での姫の状態を悲しいとすると、自分は「何を」悲しいと感じたか
- 2.姫の悲劇は「何によって」もたらされたのか?/何故姫だけが生き残ったのか?
- 3.登場人物の恋愛描写が雑なのは何故だろうか?(娯楽小説として解釈してもいいのか?)
- 1,2は最終章「いさら川」の解釈であり、「いさら川」の読みを説得力をもって説明できることが本発表のキーとなる
- 破棄した3つの作業仮説
- 物語の中にある「救い」を強調した読み
- 次郎ー楓、次郎ー姫の心変わりは救いになるか?→「いさら川」説明不可/作品の一部しか読まれない/解釈に無理があり主題にできない/次郎、萩姫の行動は「救い」としては解釈し難い
- 次郎(主人公)を中心とした、物語のダイナミックスを強調した読み
- ストーリー展開そのものを論じるのは可能だが、自分自身の感動の源泉から外れている/恋愛の粗雑な描写が説明できない
- 登場人物の<場>を強調した読み
- <場>=身分、身分を超えての恋愛イベントとして物語を把握(2の変形)→やはり「いさら川」説明できず/中納言が次郎を赦す場面など身分差がシビアな問題かどうかは疑問→主題として弱くプロットとして展開するのは無理
- 自分の感動の源泉を探して
- 作品構造分析からのアプローチ
- ブレークスルーは伊勢殿の姫に対する仕草
- 枯れた老人にもかかわらず姫君に色欲を感じる→姫君の美しさは「飛び抜けている」のでは?
- 次郎、安麻呂、不動丸の姫に対する想いの中身は?
- 実は、ほとんど純粋なphysicの問題として捉えることが出来る(男→姫)
- 次郎が楓を振ったのも姫のあまりの美しさに惹かれたから(物語進行タイムテーブルより明らか)
- 逆に、姫→男の部分はmentalな問題である
- 次郎に対する容姿の記述には「美男子」という単語なし
- 安麻呂との逢瀬は夜であり、容姿に惹かれたかどうかは疑問
- 萩姫の2つの属性の発見→「業」の部分と「やさしい女性」の部分、互いに独立
- 萩姫の2つの属性が独立に描かれており、次郎らとのやりとりで恋愛構造の非対称性が存在する(『風のかたみ』の特徴)
- この発見をを作品構造の中に戻し、妥当性を検証→自分の読みの<感動の根源>解明に有用かどうか?
- 作品の中の<プロットを支える言葉の仕組み>を解き明かすことが出来るか? を以下に検証する
- 作品構造の特徴から感動の源泉の解明へ
- 2つの属性それぞれに物語中の出来事を割り付けることが出来て、それぞれに独立したプロットが存在する
- 最終章「いさら川」で2つの属性の独立したプロットは統合される
- 尼になった姫(親も、屋敷も捨てた)は「罰」を受けている(「業」によって)
- 「業」の深さを自らの宿命として受容→「業」の代償は「自分自身の消滅」
- 姫の想い(属性B)は「業」により完全に破壊される(次郎、安麻呂、瓶等死亡)
- 「姫の再生」については何も語らずプロットは終わる→「救い」はない
- 恋愛描写の粗雑性(=愛欲の強調)の理由は?
- physicな恋愛成立は言葉がいらなくても了解される
- 「業」に起因した効果を強調するための必須構造(プロットとして独立)
- ただしこのプロットにとらわれるとこの小説は低俗化し、物語の一部しか読まれない
- 『風のかたみ』発表のまとめ
- 「愛欲のプロット/業の部分」+「姫のやさしい面のプロット」が<プロットを支える言葉の仕組み>として機能している
- 寂しげなやさしい姫が何人もの人を殺す「業」を背負っている、その悲しさが感動の源泉
- 「いさら川」で罰を受けた姫が「業」と共に消滅していく部分が悲しい
- 持って生まれた「業」に対して罰を受け、それを宿命として受け入れるという不条理を含み、娯楽小説として捉えることはできない/恋愛の不条理よりもきつい主題である