文学作品を読み解くために その4
<文学作品を読み解く上で有用な本、ツール、技術についての紹介>

作品解釈に有用な周辺知識


 出典: WEBオリジナル(010526rev.)

○ 文学作品を読み解くときに、心理学の知識があると便利です。フロイトの精神分析やユングの分析心理学など、素人耳にも聞き慣れたような言葉がありますが、ここでは素人が活かせる知識として、文学小説について心理学者がコメントを付けたものをご紹介します。また、私が特に気に入っているのが河合隼雄氏(京都大学教授)のアプローチです。この方はユング派心理学者であり、日本における箱庭療法の権威ですが一般向けの解説書や啓蒙書もたくさん出版していらっしゃいます。 また、フロイト派の精神分析学者、岸田 秀(和光大学教授)の書かれた本の中にも文学作品や作家を分析したものがあり、作品を読み解く上で有用だと思っています。

○ 恋愛の読み解きにはいろいろな文献がありますが、私が優れていると思うのは故遠藤周作氏のエッセイです。比較的若い人向きに書かれた内容ですが、普遍的に通用すると思われます。それから遠藤氏のエッセイの中に紹介されている、仏蘭西の伝統心理小説と呼ばれる一群の小説は様々な恋愛の形を見せてくれて面白いので是非一読をお勧めします。世の中に恋愛に関する本は多数ありますが、ここでは作品解釈に役立ちそうなものという観点で紹介しています。


4.1 人の心の動きを理解する本+α
(1)ユング心理学系(河合隼雄)
・河合隼雄ら編 『こころの声を聴く』、新潮文庫(1997)
対談集です。この中で故遠藤周作氏との対話が一番心に残った。「本当に読書の喜びをあたえてくれた本というのは、もともと潜在的にあった自分自身をほじくりだしてくれる本」という科白はまさにその通りであると思う。その他いろいろな方との対談を通して、心理学的な考察から人間とは何かを考えさせてくれる名著である。

・河合隼雄 『中年クライシス』、朝日新聞社(1993)(お薦め)
中年の問題に焦点を当てて論じた本だが、文学作品を通してそれを論じているという非常にユニークな本。中年の方も、若手の方にもお薦めの逸品である。論じられるテーマもおもしろいが、なによりもこういったアプローチ自体が文学作品を読み解くための優れた参考書として活用できる。

・米山正信 『文学作品に学ぶ心の秘密』、誠信書房(1985)
超自我、自我、コンプレックスといった心理学上の概念を文学小説の中で学ぶ本。もともとはカウンセリングの事例研究のために文学作品を使うという発想から来ているらしい。

・なだいなだ 『こころの底をのぞいたら』、ちくま文庫(1992)
ちくま少年図書館12として出版されたものの文庫化で、解説がていねいでわかりやすい。動物と人間の行動を比較して、人間も動物のように行動する側面があることを強調しているあたりがさすが科学者の視点だと思う。文学作品に対するアプローチを解説した本ではないが、さまざまなこころの側面についてわかりやすく学べる本。若い人、特に中学生〜高校生くらいにお薦め。

・河合隼雄『無意識の構造』、中央公論社(1977)
無意識について、夢を中心に解説したユング心理学の本。アニマ・アニムスという内なる異性像の理解は芸術(もちろん文学を含む)を考える上で大切な問題である。

・河合隼雄『こころの天気図』、毎日新聞社(1990)
毎日新聞「はないちもんめ」に連載した河合氏の話をまとめたエッセイ集。心理学からの文学作品の考察がちりばめられており、参考文献として児童文学を含む文学作品が挙げられている。文学作品を読み解くというよりも心の問題について知りたい人向き。最後に谷川俊太郎氏との対談が付いている。

・河合隼雄・村上春樹『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』、岩波書店(1996)(お薦め)
河合隼雄と村上春樹の対談集。村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』を題材としたディスカッションも含まれている。小説とイメージの世界、物語について鋭い考察を収録している。小説の構想からアウトプットまでの流れの中でどのように感じ考えているのかが語られていて興味深い。作品解釈の参考書としても役に立つ。

・河合隼雄『こころと人生』、創元社(1999)
河合隼雄氏が四天王寺で行った夏季セミナーの講演録を元に起こしたもの。『中年クライシス』で取り扱われているものと一部重複するが、山田太一『異人たちとの夏』、村上春樹『羊をめぐる冒険』、夏目漱石『道草』、『三四郎』、ケストナー『ふたりのロッテ』、岩波書店(これは児童文学です)についての紹介文と解釈が載っている。

(2)フロイト心理学系(岸田 秀)
岸田 秀『ものぐさ精神分析』、中公文庫(1982)(お薦め)
人間は本能が壊れた動物であり、その人間が本能の代わりに用いているのが自我である、とする筆者の理論を解説した本でロングセラーである(現在でも新刊で入手可能)。人間は共同幻想の社会に生きるとし、人間文化の諸相について縦横に論じている。この本の中では”性について”の章と”自己について”の中にある自己嫌悪の効用-太宰治『人間失格』についてが文学作品を読み解く上で参考になる。

・岸田 秀『続ものぐさ精神分析』、中公文庫(1982)(お薦め)
上記の本の続版である。”作家について”という章があり、三島由紀夫、芥川龍之介、サリンジャー、太宰治の論が掲載されている。また「純愛」を考える上で”性的唯幻論を超えて”の章は有用。


4.2 恋愛について

・福永武彦 『愛の試み』、新潮文庫(1975)
私の愛読する作家、福永武彦の恋愛論。愛と孤独に関する考察が光る。孤独について深く考えてみたい人向き。なお福永文学を愛好する人は読むことをお薦めします。作品に対する理解がぐんと深まると思います。

・三島由紀夫 『新恋愛講座』、ちくま文庫(1995)
恋愛とは何か、を三島流の切り口で解説した本。多少ヒネクレたところが目立つが観察は鋭い。多少口説きのテクニックが解説されているがそれもまた面白い(笑)。

・スタンダール 『恋愛論』、新潮文庫(1970)
恋愛論の古典として輝く1冊。堅い本かと思っていたが読んでみると意外とそうでもなかった。恋の発生をstepwiseに考察したり、恋愛を4つの種類に分類したり(情熱恋愛、趣味恋愛、肉体的恋愛、虚栄恋愛)と文学作品を読み解く上で有用である。多少男側に寄った本である。

・遠藤周作 『愛情セミナー』、集英社文庫(1977)(お薦め)
今は亡き遠藤周作氏のエッセイ。遠藤周作氏は仏蘭西文学を専攻されたとのことで、その恋愛論も仏蘭西文学の影響を受けている。この本の中には仏蘭西の伝統心理小説(ロマン・プシコロジィク)と呼ばれる一群の書物が紹介されており、上述のスタンダール『恋愛論』もその流れを汲む本である。この、伝統心理小説群についての紹介だけでも読む価値がある。仏蘭西伝統心理小説については項を改めて紹介したい(いつになるか未定)。

・ラファイエット夫人 『クレーヴの奥方』、岩波文庫(1937)
仏蘭西の伝統心理小説の輝く1冊。上述した遠藤氏のエッセイの中に紹介がある。女性が恋に落ちる過程が手に取るように描かれている。女性が書いたものなので、女性心理を見事に(?)描いていると思われる。

・ラクロ 『危険な関係(上)(下)』、新潮文庫(1972) (お薦め)
現在絶版だが岩波文庫から入手可能
やはり遠藤氏のエッセイの中に紹介がある。書簡体小説といって、200近い書簡のやりとりがそのまま小説になっている。女性の恋愛心理を冷静に観察し、テクニックの全てを駆使して誘惑する話である。善悪はともかく、ここで描かれている恋愛はロジックであり、恋愛過程のひとつひとつを手に取るように描いた作者には驚嘆を隠し得ない。

・中村真一郎編 『恋愛について』、岩波文庫別冊(1989)(お薦め)
様々な作家や評論家が書いた恋愛エッセイの集大成。福永武彦の文章「愛の試み」も含んでいる。福永にゆかりのある人物としては石川淳、中村真一郎が書いた文章が掲載されており、特に最後の中村真一郎の文章「現代の恋愛論について」は日本の恋愛事情の歴史を概観した優れた論考である。そのほかにも坂口安吾、太宰治、円地文子、伊藤整、谷川俊太郎、遠藤周作などが論考を寄せており、深い洞察に満ちた文章が多数掲載さている。

・小谷野敦『<男の恋>の文学史』、朝日選書(1997)
小谷野氏の博士論文を手直しした書で、片想いを含む<男の恋>を論じた研究論文集。様々な時代の文学に出てくる<男の恋>についての考察。『源氏物語』や『好色一代男』、『当世書生気質』を論じ、近代文学の二葉亭四迷『浮雲』、田山花袋『蒲団』、尾崎紅葉『金色夜叉』、近江秋江「別れた妻へ送る手紙」や夏目漱石『行人』へと進んでいく。

・小谷野敦『夏目漱石を江戸から読む』、中央公論新社(1995)
比較文学の手法で夏目漱石の作品を江戸時代の作品と比較する。上に挙げた本と同様、<男の恋>の視点から書かれたもの。面白かったのが江戸文芸には<お家騒動もの>として「美人の美貌=業」という考え方があるようで、これは福永武彦『風のかたみ』が持っているモチーフと重なると思われた。

・佐伯順子『恋愛の起源』、日本経済新聞社(2000)
日本に「恋愛」という言葉が入ってきたのは明治時代だそうな。つまり明治文学は、日本人の間に「愛」や「恋愛」という言葉や考え方を広めた張本人であるらしい。この、明治の文学の中に「恋愛」がどのように語られているかを読み解く本

・小谷野敦『もてない男』、『帰ってきたもてない男』、いずれもちくま新書、『恋愛の超克』、角川書店
『もてない男』が出たのが1999年、『帰ってきたもてない男』がつい最近2005年に出版されている。『恋愛の超克』は2000年に出版されており、こちらは『もてない男』を読んだ読者からのコメントに応答する内容が含まれている。『もてない男』はさらに以前に書かれた『男であることの困難』、新曜社(1997)が原形となっているのだが、興味があればこちらの本も読まれることをお薦めする。
 『もてない男』で小谷野氏が主張している内容は、表題に挙げたこの3冊をカバーすればとりあえずはOKだろう。さすがに文学研究者が書いたものだけあり、作品中には多数の文学作品からの引用と考察が入っていてとても面白い。氏の作品は、私は『もてない男』から読み始めたのだが、この著書だけを見ると怨念が強そうな感じで、ここで紹介するのは憚れた(^_^;) が、このたび『帰ってきたもてない男』が上梓され、包括的に見ても有用だろうと思ったのでコンテンツに追加した。(ただ、このシリーズの全体的な主張に対しては賛否両論があるところかと思われます。氏の主張に関して扱うのはこのhome pageの趣旨から外れますので、取り上げて考察することはいたしません)

氏の主張の中で、一貫しているのは、「恋愛は才能であり、誰にでもできるものではない。できない人は諦めなさい」というものである。氏は恋愛を「近代の発明物」だと指摘し、時間空間的に様々な考察を展開している。考察の展開に種々の文学作品が使われていて、その解説が結構面白い。


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