大学の文学部で習うような、文学作品の研究論(作品論)についてご紹介します。役に立ちそうなところは利用させていただこうというわけです。私がお気に入りなのは(比較検討した上で言っているわけではないのですが)田中実先生という方の提唱している方法で、それは以下に挙げる2冊の本にまとまっています。これらの本を読んだときに正直言って全てが理解できたとは言えなかったし、今でも言えないのですが、役に立っているかと言えば役に立っています。
2.1 『小説の力』
出典: 田中実『小説の力』〜新しい作品論のために、大修館書店(1996)
作品論の論文集である。私は文学部の出ではないので理解するのに一苦労したが(今でも完全に理解できたとは言えないかもしれないが)、扱われている素材が中学や高校の国語教科書に取り上げられる作品ばかりなので馴染みやすい。「ああ、この作品はこういうふうに解釈できるのか!」という喜びが味わえる1冊である。私は福永武彦研究会で研究発表をさせていただいているが、そのときの種本にもなっている。今回HPを立ち上げている、「文学作品を読む」というのもこの本に出ている手法による視点から解釈している点が多々ある。そういった意味では自分の読書において多大な影響を与えてくれた1冊。
自分にとって新鮮だったのが、「語り手」論なるものである。作中の人物の動きを追跡する場合、その作中人物が語り手によりどのように語られているかに注意を払う。このことにより作品に込められた作者のメッセージを読みとることができる。読書感想文というのは作品を読んで思ったことを好き勝手に書くことが当たり前だと思っていたのだが、それはあくまで作品を触媒にして「自分自身」のことを語っているに過ぎない(それはそれで意味があると思うけど)。文学作品を読み解くとはあくまで作品に込められたメッセージを解読することから始まるのであり、自分勝手に読んでは作品を読んだことにはならないという指摘は鋭いと思った。私はこの本から得られた知識を元にして作品を読み解くことを続けている。
2.2 『読みのアナーキーを超えて』
出典: 田中実『読みのアナーキーを超えて』〜いのちと文学、右文書院(1997)
前出『小説の力』の続編である。田中実氏は都留文科大学の教授であり、ご専門は国語教育、教材価値論という分野らしい。私はこの分野に関してまるで素人であるが、この本を読んでそれがどのような世界であるのかのアウトラインはつかめたと思う。『小説の力』を読んで看護士の方からお便りをいただいた、として始まる前書きには、文学が人間にとってどのような意味を持つのか、それは「いのち」とどう関わるのか、文学作品を読むとは読み手にとってどのような意があるのかが、ひじょうに興味深く語られる。
田中氏によれば、文学作品を研究するとは、自分が感情移入して読んだものを、対象化して読むということ、自己を読むことになるであるという。これは日常我々が読書する時によく遭遇していることであり、つまり読み手は自分の感受性や体験に従って作中の言葉や状況を自分流に解釈して読みとっている。読書行為もよく考えてみると作品に触発された己を見ている面が多かれ少なかれあると思うが、そこから何か読み手にとって活力になるものが出てこないか、出てくるとしたらそれは何なのだうかという問いかけがなされているように思うのである。
この本は上述『小説の力』とセットで読まれることを是非お薦めしたい。
2.3 『文芸作品研究法』
出典: 安良岡康作『文芸作品研究法』、笠間叢書74、笠間書院(1982)
作品研究法の教科書である。その筋では有名な本らしい。とりあえず第1章〜第5章までを読むと文学作品を読み解く上での参考になる。安良岡氏は「解釈的研究法」という方法論を取られている研究者であるが、第5章までに述べられていることは文学愛好家にとっても十分役に立つ。
安良岡氏が述べられているのは、「反復熟読」ということである。通読→精読→達読という過程を経て読みが上昇発展していくとの見解を示されており、ここに平行して味読(=作品の芸術性を味わいながら鑑賞する読み方)があるとする。精読の基準が「疑問も発展もなくなるまで読むこと」、達読の基準を「何度読んでも変わらぬ感銘を自覚すること」であるとされているが、そうすると自分自身の読みは精読にすら達していない(^^; かかる反復熟読により作品の真実相が次第に顕現してくるとあるが、自分自身の中でこの段階まで行っている作品ははっきりいって、ない。読みが一番進んでいるのが福永武彦『草の花』であるが、これについては具体的な論考を別のページに挙げる。
2.4 『村上春樹イエローページ』に見る作品の解釈手法
出典: 加藤典洋編『村上春樹イエローページ』、荒地出版社(1996)
31名の学生さん+αによる共同研究の集大成で、村上春樹の長編8本の解釈研究である。作品年表を出したり、物語の構造を図示して示したりとこのホームページで紹介しているやり方と似ているので、一読をお勧めする。まえがきによると「村上の作品を読んだことのある人が、さらにおもしろく読めるようになるためにつくられている」とある。物語のプロットや内的必然性について、「へえ、こういう解釈もあったんだ(できるんだ)」という感動がたくさん詰まっているし、さらに良いのはこのような解釈が作品毎で単発的に終わらず、作品相互の関係の中で語られるように作られている。作品の中で起きた事件、モチーフ、時間軸での整理といった実践的な面でも参考になると思われる。 村上春樹の作品が嫌いな人、あるいは読んだことがない人には勧められません。
2.4 「ごんぎつね」をめぐる謎−子ども・文学・教科書
出典: 府川源一朗、教育出版(2000)
小学校四年生の国語教科書に掲載され、誰でも知っている「ごんきつね」について、国語教材の面からアプローチした研究書。作者である新美南吉の生い立ちから雑誌『赤い鳥』に掲載されるまでの事情編集者の校正作業とテキストをめぐる問題、作品受容の様相、国語教科書掲載をめぐる問題、この作品が教室でどのように読まれているかの紹介、そして最後には国際的な視点から作品を検討していてとても面白い。国語教材という側面からではあるが、文学作品研究の一端を伺い知ることができる。 本文研究が何故大切か、本文研究を抜きにして解釈研究は成り立たないといった(考えてみればごく当たり前の)ことがきちんと検証的に解説されており、文学研究の素人にとってとても勉強になる。私はこの本を読んで、オリジナルのテキストというものがいかに大切かを知った。編集者による作品の改竄が時として深刻な影響を生むことが詳細に述べられていて興味深い。また、筆者は小学校で教鞭を執っていた経験を持ち、教室内で「ごんぎつね」がどのように読まれているかについても詳細にレポートしており、文学作品を「読む」という行為の持つ意味についての考察も面白い。