読書をしてものを考える技術と生活の態度についての文献です。本との付き合い方についていろいろと役に立つ記述がありますから、それを見て工夫をされてみると良いと思います。この手の本は多数出版されており、優れたハウツーも多いのですがここでは特に薦める2冊をご紹介します。他には、講談社現代新書か三笠書房の知的生き方文庫あたりを探されるとこれに類する本が多数出ています。読書論と称されるもの、読書の楽しみが語られたエッセイも有用です。
また、自分の考えをまとめるためにも、そしてそれを文章化したり他人と議論するためにも論理的に考える技術の取得が必要です。不適切な方向の考察や議論は不毛なだけでなくしばしば人間関係の悪化や他人の軽蔑を招くことがありますので注意しましょう(^_^;)
1.1 『読む技術、考える技術』
出典: 白取春彦 『読む技術・考える技術』、三笠書房(1998)
この本を読んだのは98年の7月で、それまで読書論や思考技術についてはいくつか目を通してきたが、その中でもよくまとまった本だと思った。「既に知っているという思いこみからは新しいものは何も出てこない」という衝撃的(?)な一文で始まり、自分の頭で考えて結論を出すまでのやり方が割と丁寧に解説されている。ハウツーものではあるがこの手の本としては有用なものだと思う。趣味で読書をする人だけでなく、仕事として本を読んで理解したり考えたりすることを求められている人にもお薦めである。もちろん、文学作品を読み解く上で役に立つ記述がある。以下にその要約をまとめる。
1.個々の書物が持っている知識とは、その中に書かれている事項を著者がどう結んでいるかということ。
文学作品の場合、”事項”とは人間関係、出来事などを結ぶ線を捉える。ここから作者が示そうとしている物語の方向を読み取ること。
2.どんな本を読んだらよいのか、と訊かれたら、迷わず「古典を読め」。
我々の考えは既に数百年も前にもっと広く深く考えられており、古典を読むことでそれを知ることができる。
だから、読む本を選択することで物の見方考え方に変化を起こさせることができる
3.自己の意識改革は思想やスローガンを信じることから始まるのではない。言語の改革から始まる。
本をよく読んでいる人ほど語彙が豊かで、それはつまり意識構造がより複雑で豊かであることを意味している。
1.2 『知的生活の方法』
出典: 渡辺昇一 『知的生活の方法』、講談社現代親書(1976)
有名な本だからご存じの方も多いと思う。読書の具体的な方法というより、生活一般にわたって指針が述べられている。私がこの本を初めて読んだのは中学校3年生の時だったが、「読書のある生活」というものはこの本から習った。インターネットが普及し、誰でも手軽にパソコンを駆使できる現代から見るとカードシステムなどは古くさいと思われるかもしれないが、情報の収集とその活用についての考察は現代でも価値がある。「繰り返し読むことの重要性」と「自分で読む本はできる限り自分で買う、食を割いても買う心構えが大切である」の2つは現代でも立派に通用すると思われる。
本書で書かれていることで、カード・システムを使用した情報整理のやり方は現代ではパソコンを使用してカード型データベースソフトウェアにより代行できる。もし読書ノートなどに興味をお持ちの方がおられれば挑戦してみるのもいいかもしれない。なお、本書に出てくるハマトンの本は、三笠書房の単行本として出版されている(ハマトン 『知的生活』、三笠書房(1994))
1.3 その他読書論、読書体験記
・大内兵衛ら 『私の読書法』、岩波新書(1960)
複数の著者が書いた読書の方法。いろいろな方法が紹介されている。「わかりにくい本を深遠な本だと勘違いするのはばかげている」というような辛口のコメントも載っている。読んで損はしない1冊。
・岩波文庫編集部編 『読書のすすめ』、岩波文庫(1997) (お薦め)
春の岩波文庫フェアのための小冊子1〜4に収録されたエッセイをまとめたもの。↑に挙げたものと似たような内容だがこちらの方が若者向きという気がする。
・加藤周一『読書術』岩波現代文庫(2000) (お薦め)
本書の底本は古く、1962年に発行された同時代ライブラリーが使用されている。が、内容は現代でも立派に通用する普遍的な方法やコツが伝授されていて十分に価値がある。面白いのは「できるかぎり遅く読む方法」とか「本を読まない方法」のようなユニークな章があり、それぞれに氏の経験に裏打ちされた方法と考察が光る。外国語の本を読む方法についても伝授されており、こちらは趣味というよりは仕事で外国語を読む必要のある人にとって有用である。全体的には文学作品を楽しむという見地より、仕事等どうしても必要な知識を効率よく得る方法について有用なノウハウが多い気がした。蛇足だが、福永武彦と中村真一郎のことがチラと出てくる。この2人は本当に自由自在にフランス語の本を読んでいたみたいだ(^_^;)
・呉 智英(くれともふさ)『読書家の新技術』、朝日文庫(1987)
ちょっと古いかな、という気がしなくはないのと、内容が文化系(歴史、文学関係)に偏りすぎてはいないかと危惧しますが、著者自らが”現場の人”となって紹介していく姿勢には好感が持てる。古本屋で見かけたら、買って読んでみてもよいかもしれません。
・岡崎武志『読書の腕前』、光文社新書(2007)
久々に読んだ読書体験記というか、読書論です。この本からは人間の土台は読書が作るという強いメッセージが漂っており、ある程度本を読む習慣が出来ている人は納得しながら読み進められるでしょう。逆に言うと本をあまり読まないけれど、それじゃあいけないなあとなんとなく後ろめたく思っている人から見ると多少重いかもしれません。特に説教くさいわけでもなくて、”私はこんな風に楽しい読書生活を送っています”という喜びを読者に伝えたい、そんな本です。
「男の顔は読書が作る」というトピックスでは「いい顔」の作家として加藤周一、福永武彦、中村真一郎を挙げ、たくさん本を読んできた履歴が顔に表れていると書かれています(^_^) 「知」の力が男(とは限定せず、女にも)にある種の魅力を与えるというのは、私の周りを見ていてもうなずけるような例はあるように思います。
面白いのが、古本チェーン店”ブックオフ”との付き合い方が出ていることです。なんとこれに1章を投じて解説しているのです。ご存じの通りブックオフは全国展開している古本のチェーン店ですが、一部海外にも店舗を出しているのはこの本を読んで初めて知りました。私はブックオフで本を売ったことはないのですが、よくお世話になっています(なにより品揃えが多いのがいいですね)。私が住んでいるエリアでは”ブックスいとう”店舗が近くて、こちらも結構な数の文庫本が置いてあります。
岡崎氏はブックオフに行くとまずは100円均一の文庫本のところに行くとありますが、これは私も同じです(世の中には同じことをしている人がいるものだなと思います)。文庫本はブックオフの中でも一番品揃えが多いものですので、それだけ興味あるものにぶつかる可能性が高いわけです。私の場合は文庫コーナーの次には新書のコーナーに移動するのですが、新書の品揃えは店によってかなりばらつきがあるように思います。
さらに、本を読むための状況をどのように作り出すかの章では、読書の”ためだけ”に旅をする、列車の車中で本を読む楽しさについて書かれています。私も列車が嫌いではないので気持ちはよくわかるのですが、これは人さまざまですので共感できない人にはまったくわからないでしょう。よく夏になると出版社が読書キャンペーン(新潮文庫夏の100冊など)を張ります。旅先で読書している若者をイメージしたポスターが張ってあったことがあったと思いましたが、それと似たようなイメージですね。
自分自身の読書スタイルが確立されていて、他の人はどうなんだろうなと興味ある人にお勧めの一冊です。
・遠藤周作『狐狸庵読書術』、河出文庫(2007) →私の読書ノートに感想文があります。こちらからどうぞ。
著者の体験を元にした、読者に語りかけるような読書についてのエッセイ。実体験を中心にまとめられているので、書かれている内容には説得力がある。遠藤氏は仏蘭西文学を専攻し、モーリヤックから大きな影響を受けた経験などがおもしろく語られていて、読み物としても楽しい。例に引かれている小説は仏蘭西文学のものが多いので、仏蘭西文学を愛好している方にもお勧めである。なお、氏はキリスト教の信者であり、文学作品とキリスト教を論じた章もある。内容が一部、『愛情セミナー』と被っているが、両方の本を揃える価値は充分にある。
1.4 あるテーマについて、賛成/反対の論拠を検証して論理的な思考力を養う
・小浜逸郎 『なぜ人を殺してはいけないのか』 洋泉社新書y(2000) (お薦め)
表題のほか、「自殺は許されない行為か」、「人は何のために生きるのか」といった、誰しもがどこかで1回は聞いたことのあるFAQ(Freguently
asked question)が10個採り上げられており、それらについてどのようにアプローチしたら良いのかが紹介されている。倫理学の問題ということになろうが、著者はこういう問題を考える上で注意しなければらない注意点とその理由を挙げ、議論が不毛化しないための考え方を披露する。この、問題の捉え方(具体的には議論に相応しい形に問いを変換すること)が非常に勉強になり、頭が良くなったように感じる。ディベートの材料としても格好の題材であると思われた。
・小浜逸郎『やっぱりバカが増えている』、洋泉社新書y(2003)
久々に手に取った小浜氏の論説で、中身は社会科学の評論(家)に対する氏の見解を述べたものです。題名をそのまま素直に考えると「オレが偉い、オマエはダメだ」と受け取られてしまいそうですが、そういうレベルの低い中身ではなくてきちんとしたものですのでご安心を。私は氏の論理展開の手法を素晴らしいと思っていて、学ぶべきことが多いと感じています。
・近藤誠ら 『私は臓器を提供しない』 洋泉社新書y(2000)
医師、思想者、仏教者、ジャーナリストの立場から、臓器移植に対する「反対」の考え方が9人の筆者により述べられる。筆者たちはドナーカードに著名するのはいいことだと無条件で思いこむのに「ちょっと待った!」をかける。もちろん最終的に判断を下すのは自分自身であるが、その前にここに述べられていることを熟考しても遅くはない。臓器移植に無関心という方が読んでも議論の進め方や結論の出し方がとても勉強になり、臓器移植賛成論者とどこがどう食い違っているのか、果たして議論がかみ合っているのかいないのかが鮮明になるので有用だと思われる。
・小浜逸郎 『「弱者」とは誰か』 PHP新書(1999)
いわゆる「弱者」について、世間がどう考えてどう接しているか、そしてそれは何故かについて考察した本。我々が世間から受ける無言の圧力、こうしなければならないという考え方にメスを入れ、何故そのような構造になっているのかを丁寧に考察しており、問題を正しく認識するにはどのようなアプローチを取るべきかを論じている。上記の『なぜ人を殺してはいけないのか』と同様、読了後に頭が良くなるように感じる本である。
・小谷野敦編著『禁煙ファシズムと戦う』、KKベストセラーズベスト新書(2005)
世の中にはびこる「禁煙運動」、その胡散臭さと暴力性を詳細に記述した本で、話題の面白さはもちろん、ディベートとしても充分に面白く読みごたえがある。タバコが有害か否かという問題は、実はきちんとした検証がなされていないこと、感情的に流されすぎていることをひとつひとつ挙げて検証していく。「タバコ」は世の中でメジャーな問題であり、日本でも禁煙勢力がメジャーであるだけに、マイナーサイドのしっかりとした反論を知ることで考える力が養える。
・赤川学『子どもが減って何が悪いか!』、ちくま新書(2004)
「タバコ」問題の他にも、メジャーな問題として「小子化対策」がある。こちらも、少子化対策をしないと日本の未来は危ない、年金が崩壊するといった論(というよりも、実際には雰囲気に近い)が日本を覆っているように思われるが、きちんと検証していくと現在言われている少子化対策はかなりポイントがずれていることがわかる、というもの。私は先日ラジオを聞いていたら、少子化対策を担っているかなり偉い人が、「現時点では効果はあまり出ていないので、更にたくさんのリソース(要するにお金)を投入する必要がある」ということを言った。効果があまり出ていないのを認めていながらさらなる資金投入を要求するのが、一体如何なる論拠によって許されるのかといった説明は一切なし。「小子化対策」も、「タバコ」問題同様に、ムードに流されて暴力性が感じられるテーマである。やはり身近な問題なので、思考力を養うにはお勧め。
1.7 知的ライフタイルの例として
・千葉敦子『ニューヨークの24時間』 文春文庫(1990)
乳ガンと闘いながら、最後まで生きることを楽しんだフリージャーナリスト、千葉敦子が書いた本。時間管理術について、著者のテクニックを披露するといった構成になっているが、限られた時間を有効活用するという点で参考になる点が多い。コンピューターの活用法についての記述もあるが、この当時は電話線を使った1200ボーモデムの時代。ブロードバンドが普及している今と比べてみるのも面白いかもしれません。
1.6 文化の違いや時代の違いを認識するのにお薦めです
”闘う哲学者”という紹介文が掲載されることもありました。氏はその著書の中で物事をハッキリと言いますので、それを痛快と感じるかどうかは読む方の判断になります。(私は痛快と感じる派です)。複数の人に本を貸して反応を見ましたが、生理的に受け付けない方もいらっしゃるようで、結構クセの強い文章であることはあらかじめお断りしておきます。氏の著書を本屋で立ち読みし(『私の嫌いな10の言葉』がお薦めです)、拒絶反応が起こらないようでしたら購入してもよいでしょう。
・中島義道『戦う哲学者のウィーン愛憎』、角川文庫(1999)
中島氏ご自身がウィーンに留学され、そこで暮らされた経験を元に書かれたエッセイ(?)と考察です。ヨーロッパのある一面を観ることが面白いです。手放しに西洋賛美するのに「ちょっと待った!」をかける一方、日本人がなんとなく感じている西洋人コンプレックスについての一考察もなかなか面白いです。ヨーロッパがお好きな方西洋文学をよく読まれる方にもお薦めです。
・中島義道『私の嫌いな10の言葉』、新潮社(2000) (お薦め)
私たちが普段聞き慣れている言葉に秘められた、欺瞞と暴力について考察したもの。一種の比較文化論で、比較の相手はウィーンです。上述の『戦う・・・』と併せて読まれるとより一層楽しめることと思います。言葉の意味と解釈をひとつひとつ厳密に、丁寧に行っていくという氏の態度に私はとても好感を持っており、読んでいて楽しい一冊でした(^^)。
・中島義道『日本人を<半分>降りる』、ちくま文庫(2005) 050718追加
無意味なアナウンス等の音漬け社会についての考察で、氏の騒音に関する考察の1シリーズです。この中の第4章「日本人のからだ」が役に立ちます。
日本人が思っている自然とは、里山の風景であり、それはすなわち既に出発点から人工物である。日本人の自然観とは心の中に構築したイメージであり、現物とは異なっているといった論が展開され、我々の日常に対して新しい視点を提供してくれます。