私の読書ノート

読書ノートから、お勧めの書籍(文学作品の朗読を含む)をご紹介します。

小谷野敦『「昔はワルだった」と自慢するバカ』
KKベストセラーズ、ベスト新書(2011)
\752 ISBN978-4-584-12349-2 ☆☆☆

小谷野敦氏の論考で、「悪ぶる男」に焦点を当てたものである。氏の独特の語り口や論理展開を楽しむにはお勧めなのだが、最後まで読んでも小谷野氏の主張が私にはよくわからなかった。小谷野氏は博学であり、本書にも様々な文学作品が登場する。作品の解釈は面白く、「へぇ」と思うような論を展開してくれるのだが、その断片をまとめ上げるのは不得手というか、もともとそういう気はないのかもしれない。(私が読み取れなかっただけで、然るべき人が読めばわかるのかもしれない)あるいは、氏の主張は「昔はワル」=「女にもてる」奴は俺は嫌いなんだ、というそれだけなのかもしれない(^_^;)

章立ては下記の通り。

第1章「俺も昔はワルだったぜ」の系譜
第2章「悪とは何か」とは何か
第3章「俗物」とは何か?
結語 いつか悪になる日まで

この論考の発端というのが、「昔はワルだったぜ」という男が嫌いということであって、そこから「俗物」や「悪」の考察に進む。私も、「昔はワルだった」けれど「今はそれを卒業して、立派に立ち直っています(?)」というのはしばしば目にする状況であって、(データは無いが)日本人は割とこういう状況が好きなのではないかと前々から思っていたので、果たして小谷野氏はどう考えるのか、興味深く拝読した。

第1章では、「ワル」が登場する文学の考察。ここで「ワル」と「色男」はセットで扱われている。ここで言う「ワル」とは「女を泣かせる」という意味であり、色男ではそれが許されるという話。森鴎外と夏目漱石の人物比較が面白い。森鴎外『舞姫』の主人公は赴任先のドイツで知り合ったエリスを捨てて日本に帰国する。このドイツ人の女を捨ててきたという悪の部分が「かっこいい」の少なくとも一部を構成し、かつ森鴎外がもて男だったという事実があるからだと考察している。(逆に、夏目漱石は非もて男だったらしい)ここで小谷野氏は、村上春樹『ノルウェイの森』の構造は『舞姫』と類似していると指摘する。現在から過去のある事件を回想し、物語が展開するという手法は広く用いられているが、この2つの小説は構造だけでなく話のネタも似ていると指摘する。『舞姫』は、私は高校の授業で朗読を聞かせてもらったが、その当時果たしてこれはつくり話なのか実話なのかは全くわからなかった(先生もそういう話はしなかったように思う)。この本には事実はどうだったのかが触れられていて、私の長年の疑問は解けた。この話は事実だが妊娠と発狂は虚構だそうだ。

第2章は、「悪とは何か」とは何かという、「悪」を問う哲学や宗教についての考察が展開されている。しかし結局のところ何が言いたいのかわかりにくいように感じた。この章で面白いのは、哲学者・中島義道氏との確執に関する記述である(面白くない人には全然面白くないかもしれない。私は中島義道氏の著書も結構読むので、面白かった)中島氏が不器用な世渡り下手であると思って親近感を抱いていたが、実像は全く違ったという内容を延々と16ページにわたって展開している。私も中島氏は不器用な世渡り下手だと思っていたので、意外な感じを受けた(もちろん、自分の目で確かめて断定すべき)。その他にはキリスト教に影響を受けた文学者の話や小説構造の話が入っている。

第3章は、「俗物」に関する考察に充てられている。「昔はワルだった」というのは「性的俗物」に分類される。その他、地域俗物(自分を都会人と自負)、文化俗物、肉体的俗物、孤高俗物、機械俗物、趣味俗物、反俗的俗物がある(ただし福田恆存が考案したもの)。ただここでも結局「俗物」とは何かについて、すっきりした主張が示されるわけではなく、放談のような文章が続く。加藤周一『羊の歌』を読んで、かなり激しい嫉妬と羨望の念を感じたという下りは面白く、小谷野氏も白樺派の作家連中の生活に憧れを感じたことが見て取れる。(私も憧れている)

さて、本書には福永武彦の名前が登場する。p.147の村上春樹を論じた部分で、小谷野氏は村上春樹はキザであって、その系譜は堀辰雄から福永武彦、片岡義男などを経由していると指摘。そしてその特徴として、キザな会話、こじゃれた舞台装置が満載で、大衆文化は見事に排除されていることを挙げている。(この文章から、村上春樹ファンは福永文学とも親和性が高いと考えられるが、実際のところはどうなんだろう?)結局、村上春樹が好きな読者というのは、「俗物」ということになっている。ここで言うところの俗物とは、都会的、趣味的俗物性だそうである。村上春樹と福永武彦の作品の類似性について、私は深く考えたことがなかった。言われてみると、キザな会話というのはなるほど似ているかもしれない(笑)。『死の島』の萌木素子や相見綾子、『草の花』の汐見、『風のかたみ』の不動丸、など。私は両作家共に好きであるが、小谷野氏は両作家共にあまりお気に召さないのかもしれない。

以上




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『「昔はワルだった」と自慢するバカ

(2010)


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読書ノート No.54 2012/01/05

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