| 私の読書ノート |
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読書ノートから、お勧めの書籍(文学作品の朗読を含む)をご紹介します。
角田光代『トリップ』、光文社文庫(2007),\495 角田光代の本を読むのはこれが初めてである。「平凡な街。ふつうの人たち。誰にも言わない秘密を抱えている。」と書かれた帯に惹かれて、何気なく手に取った一冊だ。全部で10章の短編から成っていてそれぞれ主人公が異なるが、登場人物は互いに関連していて全体として1つの物語に仕上がっている。舞台は同じ街である。 全体的にもやーっとした停滞感のある街に暮らす人々の内面を克明に記述するという、少し覗き趣味が入った物語であり、読後には疲労感を覚えた(^^; 特に大きな秘密が暴露されるわけでもなく、大きな事件が起こるわけでもなく、そこには淡々と過ぎていく日常が描かれている。良くも悪くもクライマックスとは無縁の世界であり、喜びや悲しみの振幅はとても小さい。解説で中島が主人公たちのことを、「「似合わないのにそこに居なくちゃいけない」みたいな人々」と表現しているが、この指摘には違和感を覚える。むしろ私は、この街と主人公たちの相性はとてもマッチしており、この人々が住んでいるからこの街があるのだと感じられる。 この小説のプロットを支えているのは、小さな不満、ちょっとしたボタンの掛け違えといった、慢性的な疲労感である。語り手は登場人物の「誰にも言わない秘密」を読者に対して次々と開示していくが、その中身は客観的に見れば大したものではない。が、主人公たちはその「秘密」に拘り、彼等の人生においてその「秘密」は決定的に大きな位置を占めている。おそらく、読み手は主人公たちの生き様に自分自身を重ねることは易しいが、しかし主人公たちが読み手に対して積極的に何かを提供するというわけでもない。 10章から成る短編の一つ一つは、主人公たちの立場でのクライマックスで終わっていて(例えば、第1章「空の底」では私とすみれさんが絶叫する場面)、開放感を感じさせる仕掛けになっている。慢性的な疲労感を抜本的に解決する展開が用意されているわけではないが、角田はそのようなことはそもそも不可能だと考えたのではなかろうか。この小説の持つ力は、他人の慢性的な疲労感を細部にわたり提示し、読み手にそれを体験させてしまうところにあると思われる。
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読書ノート No.53 2010/11/06 |
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