私の読書ノート

読書ノートから、お勧めの書籍(文学作品の朗読を含む)をご紹介します。

大津秀一著『死ぬときに後悔すること25』、致知出版社(2009)

緩和ケア医が1000人あまりの死に立ち会い、そこで見た人々の後悔をまとめたものである。この本を書く動機の一つになっているのが、人が人生で後悔する問題というのは類似性があり、実はそれほど多様性が無いのではないかという観察事実である。私がこの図書を知ったのは、ブログhttp://dain.cocolog-nifty.com/myblog/で拝見したからなのだが、”実はそれほど多様性がない=類似している”というところに大変興味を持って購入した。かなり売れている本らしいので、読まれた方もいらっしゃると思うが、私なりの解釈を加えて皆さんに紹介させていただきたいと思う。(ちなみにここ最近はかなり古い本ばかり紹介してきている。新刊に近い図書を扱うのは珍しい)

まず気をつけなければならないのは、著者の大津氏は患者さんの死に対して真摯に向き合っているものの、あくまでこの図書は大津氏が経験した範囲内での情報の蓄積である、ということである。先に理論があってその理論を実証するといった類の本ではなく、いわばサンプル数が多い体験談である。大津氏も著書の中で触れているが、個々の死や死に至るまでの経歴、そしてその人を取り巻く環境というのはユニークなものであるので、このような書物で死を見たからといってそれが自分自身に役立つ保証は全く無い。

類似性があるとして紹介されていることは、すぐそこに死期が迫っていない人間から見ると、どれも極く当たり前のように見えることばかりであるし、この本を読んだから明日から自分の生活が大きく変わるという人は多くないように思う。ただ、不治の病に侵された場合は人間の身体は徐々に蝕まれていくのであって、元気な状態から突然死ぬわけではないというのは認識しておいてよいだろう(大津氏も、この本のなかで人がどのように亡くなっていくかを詳細に述べておられ、自分自身がそうなった場合に備えて準備することを勧めている)。そう考えるだけでも後悔の一部を回避することができる。

最近はメタボ流行であり、メタボを回避しさえすれば寿命が延び、苦しんで死なないかのような誤解すらある。しかし日本人で一番多い死因は悪性新生物(いわゆるガン)であり、ガンの末期はかなり苦しい。大津氏は健康なうちからきちんと健康診断を受け、早期発見に努めることを勧めているが、最もなことである。かなり進行したガンは治癒率が落ちるばかりか治療費が多額になることが多い。大津氏は最初にお金を使うか、そうでないかだけの違いであると指摘する。最初にお金を使うというのは早期発見に大金をかけること、そうでない場合は進行してから治療にお金をかけることを意味しているが、もちろん早期発見の方が根治の可能性が高いのは言うまでもない。大津氏の言う、健康に気をつけるというのは、きちんとした人間ドックを年1回受けるというものである。

後悔の中の一つとして、「自分の生きた証を残さなかったこと」というのが紹介されている。この章を読んで私が真っ先に思ったのは、福永武彦『草の花』の主人公、汐見茂思である。塩見は不治の結核に侵され、サナトリウムの中で2冊の手記を残して自殺行為に近い手術を受けて帰らぬ人となった。この手記に描かれた塩見の気持ちは塩見の人生の総括であると考えられ、遺書に近い意味合いが込められている。塩見は、2つの手記の記述を通して、藤木忍と藤木千枝子の2人を可能な限り愛したことを示した。塩見が、この手記が後日、藤木千枝子に読まれることを想定して書いていたかどうかは定かではないが、少なくとも藤木千枝子に対して(その当時の)自分の気持ちをきちんと説明できるような記述にはなっていた。(藤木千枝子は結局塩見の手記を読むことを拒絶し、塩見は第二の死を迎えるが、それは塩見の責任範囲外のことである。)この手記の完成を以て、塩見は自分の生を完結したと言える。そして、その手記を「私」に託したことで、自分を残し、発信したと言えるように思う。

同様の内容を、千葉敦子についても考えることができる。彼女の著書、『ニューヨークでがんと生きる』の中で詳しく紹介されているように、千葉敦子自身が乳がんに侵されて闘病生活を余儀なくされた。その闘病の様子を手記にして発信し続け、一方でジャーナリストとして最後まで活動を続けた彼女の生き方はそれ自身が深く感動を与えるものであったと私は思っている。千葉敦子は実在の人物であり、小説上の人物である汐見茂思と比べるのは無理があるのかもしれないが、塩見の生き方が内面へ向かったのに対して千葉敦子の生き方は外へ向かい、たくさんの友人や仕事仲間や仕事に囲まれた生活であった。ある意味対照的な二人であるが、どちらも自分を残して、外に対して発信した点では一致している。千葉敦子が福永武彦の愛読者であったというのは、大変面白いことである。

以上

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大津秀一 著
『死ぬときに後悔すること25』
(2009)


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読書ノート No.38 2009/8/14
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