私の読書ノート

読書ノートから、お勧めの書籍(文学作品の朗読を含む)をご紹介します。

千葉敦子著『ニューヨークでがんと生きる』、朝日新聞社(1986)
※リンクは、文春文庫の方へ付けてあります。

私が千葉敦子の著書を初めて読んだのは、2002年である。千葉女史のことをどこで知ったのか今となっては思い出すことができないが、恐らく何らかの本の引用として紹介されていたように思う。読書記録を見ると、キーワードに「闘病生活」とあるのでおそらく同類の図書から見つけたのだろう。その後、千葉女史の本を見つけては読み、今回紹介している『ニューヨークでがんと生きる』は2004年に読了している。図書自体は古本として購入している。

千葉女史が乳がんと闘ったがん患者であることはよく知られており、闘病生活のことはこの本だけでなく様々な本に書かれているので、今から見直すと重複している部分も多い。彼女の闘病生活の記録を知りたいのであれば、必ずしも全部の著書を読む必要はないかもしれないが、彼女の人となりに触れ、影響を受けたいのであれば入手出来る限りの図書を読むことをお勧めしたい。もちろん、千葉女史は私にとって大変魅力的な人物の一人だ。

彼女の闘病記から、2つのことが見えてくる。一つは当時のアメリカ医療の現場を一患者の目から捉えた、その実態。もう一つは彼女自身がいかに主体性を持って治療を受け、自分の生を大切にしたかということである。ご存じの方も多いと思うが、アメリカでは日本のような公的保険は存在せず(低所得者と高齢者対象のものはある)、国民は基本的には民間保険に加入する。にもかかわらず治療費はべらぼうに高価で、病気になると医療機関への支払いがかさんで破産することもあるという(これは、マイケル・ムーア監督の映画「シッコ」で詳しく紹介されている)。アメリカの高額な医療費に対しては批判も強いが、千葉女史は入院生活は快適だし腕の良い医師がいくらでも面倒を見てくれる(もちろん費用が払えればの話)とpositiveな面を強調することも忘れない。実際に彼女はがん治療で著名な複数の医師に診てもらっている。アメリカの医療制度については、特に医療費が非常に高額であることは彼女も問題視しているが、かと言って安ければ良いというものではないという問題提起もしているのである。実際に治療行為や入院は、疾患が重篤であればあるほど患者の生死を左右するものとなる。そうであるならば何故そこにもっとお金をつぎ込まないのか、自分(と身体)を大切にしないのかと彼女は私たちにメッセージを送っている。

一患者としての闘病記も、彼女の冷徹な視線から客観的に語られる。もし自分が同様の事態になったら、ここまで出来るかどうかはなんとも言えないな、と素直に脱帽する。自分自身の症状を客観的に把握し、その上で戦略を立てるというのは、相手が「自分自身」となると実際的にはかなり難しいように思う。多くの人が治療や検査を後回しにして結局悪化させてしまうという心理は、理解できる。しかし、千葉女史にこのような恐れは無用なのか、ともかく客観的に考えベストと思った方向へ躊躇無く進む姿勢にはものすごい強さを感じる。これも、この著書を通読して改めて考えてみると、結局のところ彼女は自分の生を出来る限り充実したものにしたかった、この一言に尽きるのではなかろうか。千葉女史は、「治ったときにだけ希望を託して、今現在何をやるべきか見失っている患者があまりにも多い」と冷静に指摘する。「自分の人生から下らぬものを排除して、本当に大切なことだけに時間を使う」ことがいかに大切か。がんは治らない可能性の方が高いことを自覚することで新たな展開が開けるという。これはがんに限らず、自分の時間が有限であることを知らないと結局生を充実させることができないという、千葉女史からのメッセージである。

面白いのが、医師との対話の部分である。治療を受けている患者と医師という関係では、患者は絶対的に医師の前で無力である(と、私は以前は思っていた。医師の書いた本に、「患者は全てを医師の前に投げ出すのだから、医師はそのことをしっかりと心に留めて治療にあたるべきだといった訓辞のような内容だったと思う)。しかし千葉女史の態度は正反対であり、がんという病を共に闘うパートナーと位置づけている。自分の身体なのだから、主体はもちろん「私」。ならば医師と私の関係も「対等」であるべきだ、というのが千葉女史の考え方だ。しかし、がん患者として医師の前に出る時には、「私」は髪はないしガウン1枚しか身につけていない。そのような状況で医師の尊敬を得るにはどうしたらよいのか。千葉女史によると、それは「眼」と「会話」であるという。相手の視線を正面から受け止めること、こちらも相手の眼を見て話すこと、それからウィットの効いた会話、知性を感じさせる会話が大切だと言う。全てを剥がされたときに、その人となりが現れるという。戦争関係の映画で、敵方に捕まり身ぐるみ剥がれて尋問にかけられるとき、やはり眼と会話で相手に対して抵抗するという場面を見たことがあるが、これと同じであろう。

千葉女史の本は適宜読書ノートにアップしていく予定ではあったが、今回特に取り上げたのは故・戸塚洋二氏のドキュメンタリーを観たからである。内容に関してはブログで取り上げたので参照いただければと思う。戸塚氏は持ち前の観察心から治療の過程を事細かに記録して分析した。また、戸塚氏には家族があり、がんとの闘いでは家族の存在は大きかっただろう。戸塚氏のブログを拝見すると、ご自分が今まで歩んできた道を振り返り、それを少しでも後輩に役立ててもらいたいとする気持ちが至る所に溢れている。戸塚氏の場合、再発による闘病生活の開始から物を見るベクトルが過去へ向いたのに対し、千葉女史のベクトルは常に未来に向いていた。これは千葉女史が最後まで職業的に現役であったことと関係があるだろう(もっとも、フリーランサーであった彼女は生活の糧を得なければならず働かなければならなかった)。この本の至る所に現役で活躍する彼女の躍動感が溢れている。

最後の一章は、ニューヨークでの暮らしぶりの紹介に当てられている。もちろん単なる観光案内などではなく、フリージャーナリストが活躍するためのノウハウがまず語られてる。心がけの一つは、毎日「必ず書く」こと。そして日記をつけること。コンピューターを使ったデータベースでの調べ物(彼女はダイアローグサービスについて言及しているが、これは今でも存在するデータベースである)を上手に活用する等々、発想の方法や情報収集の手段について自分のやり方を披露する。興味がない人には全く面白くないだろうが、こういうことに関心のある人間にとってはノウハウの宝庫である。

千葉女史は、この本に二つの目的を込めたという。ひとつは自分が受けたがん治療を率直に語り、他のがん患者やその家族、医療従事者の参考にすること、もう一つは自分の意志で住む国を変えるという問題を描き、もっと多くの日本人に海外へ出ることを勧めたいということである。後者に関しては、日本は好むと好まざるとに係わらずグローバルの流れの中に取り込まれ、アメリカの景気悪化が日本に深刻な影響を与えるようになった。千葉女史がニューヨークからメッセージを発信してから25年が過ぎた。今現在のニューヨークは、千葉女史の目にはどのように映るだろうか。

千葉敦子に関しては、読書感想文として、『いのちの手紙』『若いあなたへ!』も登録しています。

追伸:大津秀一氏『死ぬときに後悔すること25』、致知出版の中で、”自分の生きた証として何を残すか”がテーマとして取り上げられている。千葉敦子は乳がんと闘いながら、その現場のレポートを広く世界に向けて発信し続け、平行してジャーナリストとしての仕事も続けている。この点に関しては、彼女はきっと後悔は無かったと推測する。この本の読書感想文はこちらからアクセス

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千葉敦子 著
『ニューヨークでがんと生きる』
(1986)


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読書ノート No.36 2009/7/27
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