| 私の読書ノート |
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読書ノートから、お勧めの書籍(文学作品の朗読を含む)をご紹介します。
該当作品にはAMAZON書店へリンクを貼りましたので、興味を持たれた方は見てみてください。
狐狸庵先生こと、遠藤周作氏(故人)のエッセイである。 ご自分の読書体験、生涯を通じて最も影響を受けた書物、思い出の作家たちといった、筆者の個人体験をベースに語りかけるような口調で綴られた書物で、囲炉裏を囲んで話を聞いているような暖かい雰囲気がある。遠藤周作氏は仏蘭西文学を専攻され、キリスト教信者であり、書物の中には愛や神に関する話や仏蘭西文学からの引用も多い。仏蘭西文学に興味を持たれている方にも有益な書物であると確信する。 氏は、惚れ込んだ作家に対しては、その小説全てのみならず、書簡や随筆その他入手できるもの全てに目を通すことを勧めている。その作家について徹底的に知ることが読書の喜びを知る一方法である、というわけである。私はここまで至っておらず、比較的良く読んでいるのが福永武彦なのであるが、確かに読了する作品数が増えるにつれて作者に対するイメージや著作の底に共通して流れる要素などがおぼろげながら見えてくる感じはある。これがさらに進むと自分の中に○○作家についての一つの世界が構築して、そこに常に遊びに行けるようになるだろう(※加藤栄一氏の著書『天才がいっぱい』の中に、頭の中に国を作ってその中に住む話が出てくるが、似たようなものである)。 小説を読む楽しみ、氏にとってそれは自分と違った眼がここにあると知ることだと説明するが、その楽しみを発見したのが戦争中という本が極度に不足している時代だったということが興味深い。このweb siteでも紹介している、ハマトンの「繰り返し読むということ」でも同様の記述がある。氏は、読書(文学小説)の深い楽しみというのは、本不足の時代であっても到達可能であると論じているのだが、逆に現代のような本が手軽に入手出来、かつwebその他の媒体でも気軽に小説へアクセスできる時代が果たして幸福か、というと必ずしも一概には言えないという。本を購入することが極めて容易になってしまうと、ついつい好奇心に任せて大量に買い込んでしまい、結局後に残るのは無秩序と混乱でしかないと心配しているのである。 ※この辺りは、私としては手当たり次第たくさんの作家の作品を読み漁れたのは、せいぜい学生時代まで、という感覚である(唯川恵や山本文緒のような、すぐに読み通せるような小説類は除いて)。幸いなことに現代では書籍の購入は容易だし、古本屋やインターネットオークションでも安く入手できるので、とりあえず興味がある本は購入しておくことをお勧めしたい。何年も読まれる気配が無いようであれば、それから先は買う本を絞るもよし、買わないもよしといった判断をされては如何であろうか。本から得た知識が人の生き方に大きな影響を与える、というのは昔も今も変わらない。だから、そのための出費はできるだけ惜しまない方がよいと思うのである。もし万が一購入して長らく読まなかったとしても、一種の保険であったと考えることもできるだろう。
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| 読書ノート No.25 2009/1/24 | |