私の読書ノート:
石川達三『独りきりの世界』

読書ノートから、お勧めの書籍(文学作品の朗読を含む)をご紹介します。
該当作品にはAMAZON書店へリンクを貼りましたので、興味を持たれた方は見てみてください。

昭和57年に発行された本なので、今の感覚から見ると違和感がなくもないが、人間の行動というのは意外と変わらないものだ、というのが率直な感じである。

主人公はまもなく30歳になろうという独身女性・小泉咲喜である。百貨店(うっ、古い言い方(^^;)の資料室に勤め、フランス語の翻訳をして身を立てている。いわゆる知的な女性で、自立しているのだが、結婚や性に対して興味はあるもののいまひとつ自分自身の問題として取り組む気にはなれない、という設定である。しかし、咲喜の周りには個性的な生き方をする男女がとっかえひっかえ現れ、咲喜は外からの力で結婚や性の問題に向き合わされていくことになる。

物語の設定は、一見、咲喜の心の成長の物語のような格好をしている。しかし実際に読んでみればおわかりになるが、物語のプロットは咲喜が自分自身の世界を守ろうとする気持ちと、外界とのせめぎあいを描いた葛藤の世界である。咲喜の頑な態度は物語が進行するに従って次第に奇妙に感じられるようになり、自分の生を自ら傍観してしまっているという、一種の無責任さが感じられる。咲喜の周りに登場する人物は、その生の結果がどうであれ、自分の生を生きた(生きている)と感じられる人物ばかりであるので、作者はこれらの人物と咲喜を故意に対比させたのかもしれない。

登場人物の中で一番印象に残ったのは平松京子である。数々の男遍歴を経た上で最後は絶望して自殺するが、自殺の直前に氏家に放った態度は京子の最後の輝きであった。京子の遍歴は決して褒められたものではないのかもしれないが、生の昂揚としては登場人物の中で一番輝いているように思える。寺崎と過ごした2、3ヶ月、そして寺崎が逮捕された後の絶望が、自殺前の京子をより一層輝かせているように思える。一方、咲喜はこのような京子の生に驚きはするものの、その生き方に深く関わり合うことはない。咲喜のこのような態度は一貫して咲喜の臆病さから来るものであり、その臆病さを支えているのが咲喜の自分自身に対する誇りであると思われる。

私が、咲喜の態度に感じた一種の苛立たしさは、咲喜が複数の男と関わりを持つにもかかわらずそのいずれからも深い影響を受けているように思われないことである。咲喜の中には他者の侵入を許さない固い核があって、他者との交わりでその核が開かれることはない。咲喜は結婚や恋愛に対して大きな興味は持っているのだが、自分から積極的に身を投じることはない。自分で選び取った態度である、と言えばそれまでであるが、他の登場人物の生き方と対比すると、咲喜の態度は甚だ幼稚であるように思える。

この物語では、結婚と生活は基本的に不離のものとして描かれている。そこから逸脱する女性(ピアノ教師で二児の母)も登場するが、平松京子や富岡さんのように、生活のために結婚するという考え方がベースにあるように思える。作者は、このような考え方に疑問を呈するために敢えて咲喜の態度を明確にせず、プロットを終結させなかったと解釈することもできる。しかし、相手に対するコミットメントと一緒に暮らすという決断は別であり、一緒に暮らすという決断と結婚するという決断も、また別である。少なくともこの作品から感じられる作者のメッセージは、現代ではあまりお目にかからないものであり、古風な感じが強いように思う。

読書ノートには、石川達三『僕たちの失敗』も収められているので、よろしければご覧下さい

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石川達三『独りきりの世界』
(昭和59年)


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読書ノート No.21 2008/11/29
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