| 私の読書ノート: 箙田鶴子/千葉敦子『いのちの手紙』 |
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読書ノートから、お勧めの書籍(文学作品の朗読を含む)をご紹介します。
該当作品にはAMAZON書店へリンクを貼りましたので、興味を持たれた方は見てみてください。
拝啓、前回の更新からだいぶ時間が経過してしまいました。私の読書は、結構多岐にわたるため、ここ最近は文学に関連した読書が少なかったですが、久しぶりに福永武彦に言及した書を見つけて、嬉しくなりました(^^)。この本は町中の古本屋で偶然見つけて買ってきたものですが、今年のあたりの一つです。 千葉敦子の本は、このweb-siteでも数点紹介していますが、私が好きな人物の一人です。積極的な生き方、明晰で論理的な文章は自分自身が目指すところでもあるのですが、私が強く惹かれるのは、決して感情に走ることなく、自分の気持ちをきちんと人に伝えていこうとする姿勢と、あくまでも相手と対等の立場でものを言い合うとう、平等の精神に貫かれた姿勢です。この人が福永武彦の本を読んでいることは、以前別の著書の中で知りましたが、この本の中ではそれがはっきりと記載してあったので、とても嬉しくなりました。 この本は、箙田鶴子という、脳性小児麻痺にかかりながら作家活動を続けた人と、千葉敦子の対談集です。全部で31通の、公開書簡という形でお互いの意見を交換し合ったものが、一冊の本になっているのですが、私としては比較的珍しい作品のように思えました。自分が心の中で思っていることを遠慮無く、本音ベースで相手に伝えるということは、本来とても難しいことなのですが、この本の中ではそれが見事に成立して、がっちりと組み合った密度の濃い意見交換がなされています(※箙女史と千葉女史の物の見方や考え方は必ずしも一致しておらず(むしろ一致していない点の方が多いようですが)、相手に対して意味を問い直したり、自分自身が不賛同を表明したりしていますが、根底にはお互いに対する尊敬と対等意識があるので、このようなやりとりが成立するのでしょう。書簡の中では自分自身の生活のことを語ったり、シリアスなやりとりになったりと、かなり起伏があって二人のやりとりを楽しむことができます。千葉女史の、「美しい詩集を枕元に置いて、眠る直前に読んで翌朝続きを読む」のは、なかなか高級な楽しみ方ですね。 福永武彦は、高橋和巳と対象的に、「日本的自然主義への土着性への執着」の全くない一人で、西欧的自我をその作品の根底に置いている (204頁より) 高橋和巳と言えば、以前に『我が心は石にあらず』という、労働組合を舞台にした作品を読んでいて、読書ノートにも入っています。高橋和巳と福永武彦を対比させて考えたことはありませんでしたが、『我が心は石にあらず』は、読了後にかなり強い閉塞感を覚えた記憶があります。私は、高橋の作品に対してこれ以上の気持ちは働かなかったのですが、千葉女史はどうやら高橋和巳はあまりお好きではないようですね。 それから、曾野綾子の著書についても二人の間で少しだけですが話題になっています。曾野綾子が雑誌に連載した、「贈られた眼の記録」という作品についてですが、箙女史はこの作品を読んで涙が流れるほどに感動した、と記しています。千葉女史がこの作品についてどう思ったかについては、詳細が記されておらず残念ですが。 私は、千葉敦子について興味があったのでこの本を購入しましたが、自分の気持ちや考えを相手に”言葉で”伝える、ということについて、ずいぶんと考えさせられる本でした。現在は古本でしか入手できないようですが、千葉敦子について興味のある方は是非読まれることをお勧めします。 千葉敦子に関しては、読書感想文として、『ニューヨークでがんと生きる』、『若いあたなへ!』も登録しています。
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箙田鶴子/千葉敦子 『いのちの手紙』 (1987) |
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| 読書ノート No.15 2008/9/20 | |