読書ノートから、お勧めの書籍(文学作品の朗読を含む)をご紹介します。
紹介のスタイルとして、読んでくださっている皆さんに手紙を出すという想定で文章を作っています。
該当作品にはAMAZON書店へリンクを貼りましたので、興味を持たれた方は手に取ってみてください。
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拝啓
台風が接近しており、雨風が酷くなっています。
昨日本日と外出せずに自宅で過ごしており、ソファに横になっての読書を楽しんでいます。書庫にあった一冊を取り出して数年振りに再読した一冊がありまして、今回はそれをご紹介しようと思い筆を執りました。
ネットワーク社会というと、私がすぐに思いつくのはインターネット(ブロードバンド)と携帯電話の普及です。一方的に送りつけられる情報ではなくて、個人単位でやりとりができるネットワークの基盤が整っている社会というイメージが一番近く、今の日本では既にその基盤が出来上がっていると言ってもいいでしょう。
さて、そのネットワークをどう使っていくかはまた別の話です。メールやウェブは既に普及していますが、これらの情報端末がさらに進化して自分の求める情報を難しい操作無しにさっとネットワークから引き出してくれるようになれば便利ですね。自動車の自動運転や買い物の自動決済など、アイディアとしては既知ですがそれらが普及した社会をリアリティを以て描くには小説家としての力量がものを言います。
『記憶汚染』は近未来(2040年)の高度に情報化された社会を舞台に、ミステリーの要素を絡めたSF小説です。「リング」と呼ばれる通信衛星ネットワークを用いて人は24時間どこにいてもネットワークにアクセスでき、その便利さを当たり前のように享受する世界で発生するある不可解な事件・・ミステリーを一歩一歩解いていくかのように物語は進展していき、その末には(驚くべき?)真実が!!
長編SFで、ネットワークや人工知能、コンピューターがお好きな方にはお勧めの小説です。片仮名の専門用語がやや多すぎる嫌いがあり、少々気にはなりましたがストーリーを楽しむには問題ないでしょう。
私もコンピューターやネットワーク絡みの小説や映画が好きなので、楽しんで読みました。ストーリーの展開もなかなか面白かったですが、その他にもいくつか面白かった点がありました。
一つは、テロリストにより社会の考え方が大きく変わってしまう様子がきちんと描かれていること。ここに出てくるのは原発テロですが、それを機に日本社会の考え方が大きく変わってしまいます。下記に述べる個人認証の問題は原発テロをベースに話が組み立てられており、なかなか上手い物語構成になっているように思いました。
もうひとつは、情報化社会からはじき出されてしまう恐怖がリアルに描かれていること。この世界では「ワーコン」という一種の個人情報端末を所有することが当たり前になっており、個人認証も全てこの端末を通してなされます。もしこの端末を奪われてしまったら、個人認証情報が故意に抹消されてしまったら・・・それは社会的な「死」を意味し、さらには本当の「死」をも意味します。社会的認証を失うことで、人が堕ちていく様子をこの物語は鮮明に描き出してくれます。
以前、「インターネット」という映画がありましたが、指摘している問題点はこの本と同じです。コンピューターに管理された社会の持つ脆弱性がどんな形で悪用されるかで物語の筋書きは違っていますが、その本質とする問題はほんの一握りの権力により社会が操作され得ること、でしょう。本当にこのようなことが生じるかはなんとも言えませんが(可能性はあると思います)、ウィニーに感染するウイルスで個人情報がネットに流れ出るといった原始的な事件よりも高度で厄介な問題であることは確かでしょう。
文庫本で400頁近くある長編ですが、一気に読み通せる面白さと筋の明解さがあります。
敬具 |
林譲治
『記憶汚染』
ハヤカワ文庫
早川書房(2003)
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| 読書ノート No.11 2007/7/15 |

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