日本代表の負けを願って


今の日本代表の負けを祈る・願う、または批判するのは非国民だと言う輩がいる。
そのような行動を取る者は本当に非国民なのだろうか?
(非国民という言葉自体、吐気を催す最低の言葉であり、
えてしてその言葉を使う者自身がたいてい非国民なのだが)

下の対比表をもって私の考えを述べる。

対比表
第2次大戦中の日本 現在の日本サッカー
絶対君主 昭和天皇 川淵三郎
指導者 東条英機
(実際には陸海軍)
ジーコ
目的 アジア侵略・植民地化 ドイツW杯出場
被従軍者 徴兵された青年男子 徴発されたJリーガー
銃後 一般国民 サポーター


第2次大戦戦中の日本と現在の日本サッカーとを対比してみると一目瞭然である。
日本は第2次大戦に負けることで、軍国主義を脱し、国として正しい道を歩み出した。
同様に、今の日本代表の負けを祈る・願う、または批判するのは決して間違った行動ではない。
間違った方向へと進んでいる時に、正しい方向へ戻したいとする行動である。


2002年秋以降、ジーコと称する指導歴を持たないブラジル人が日本代表に何をもたらしたのか?
2002年秋以降、ジーコと称する指導歴を持たないブラジル人率いる日本代表が何を新しく得たのか?

それは混沌であり、無であり、そして退化であった、そしてそれは今も進行しつつある。
自らの明確な戦略・戦術を持ちえず、自らの無能力を周囲の環境・規則に責任転嫁し、
『海外クラブ在籍』という言葉のみを盲信して代表チームとしての一体感を失わせ、
代表チームの進むべき道をも失わせつつある。

W杯予選の突破が難しく、そこでは結果が最優先されることは百も千も万も億も承知である。
しかし、今の日本サッカーは昔の弱小の頃の日本サッカーではない。
全アジアの国から目標とされ、尊敬と畏怖の眼差しで見られ、
全力をもって倒すべき強敵として認識されているのだ。
だからこそ、今ここで声を大にして問う!

『ジーコと称する指導暦を持たないブラジル人でアジア予選を勝ち抜き、
みたびW杯の舞台に立つことが本当に可能なのか?』
『W杯予選に臨むに当たり、今の日本代表は万全を尽くしているのか?』


この問いに対する明確な回答(結果)が得られない限り、日本代表に巣食う最も重い病巣である
ジーコと称する指導歴を持たないブラジル人を一刻も早く除去すべきであると私は信じる。



その為に私は、今の日本代表の負けを祈り、そして願い続ける。
日本代表が正しい道へと立ち戻るその日まで。