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小松原一男さんの「メトロポリス」
★はじめに
本日(2001-05-26)一般公開の映画「メトロポリス」を観てきました。
この映画の原作は「手塚治虫」さん。
でも、この映画は銀河鉄道999と深いつながりがあるんです。
僕が、この映画に期待したのは、ただ一点
「小松原一男さんの絵を見ることができる!」
ということです。主人公のひとりで「ティマ」という女の子はほとんど、小松原
さんが手がけた、ということですのでティマに注目です!
あ、そうだ!小松原一男さんについて説明しなくてはね…
小松原さんは「銀河鉄道999」の作画監督を手がけていたかたです。
最初2本の映画のメーテルは、小松原さんが手がけています。
あの、繊細さは、小松原一男さんしか表現できないモノです。…それが、
また、見られる!「風の谷のナウシカ」も小松原さんでしたけど、僕にとっては
それ以来になるので…過剰なくらい期待してしまいます。
あとは、監督が「りんたろう」さんというのも良い!
映画「銀河鉄道999」の監督さんです。
これじゃぁ、999ファンとして期待しない方がおかしい!(?)
まぁ、ゴタクはこれくらいにして、映画の感想を書きましょう!ネタバレしない
ように気をつけていますので、多少意味不明なところがあるでしょうけど、勘弁
してくださいね…。
★ロボットに心を持たせるべきか…?
このお話は、近未来の大都市「メトロポリス」での出来事です。
「レッド公」という、ひとりの男が舞台を作り出しています。大都市・政治状況
・特殊兵器・そして「ティマ」…。ただ…この人は作り出すことはできても、すべて
をコントロールすることはできなかったようです。
大都市と政治と特殊兵器は、ほぼ完璧に掌握していましたが、最後の「ティマ」
だけは何故かコントロールしきれなかったのです。
何故なのか?それは、映画を見終わった今でも理解できないところです。
心というものはコントロールできない…、ということかもしれない。
「ティマ」は科学技術が生み出したロボットです。
彼女には最初「心」は無かった。そもそも、ロボットは「心」を持てるのか?
という疑問が、まず出てくるわけですが…
僕の答は、「持てる」です。
手塚作品で有名な「鉄腕アトム」は、心を持っていました。
歌にもあるように「♪心やさし、ラララ科学の子」なのです。
だからまず前提として、ロボットは「心を持てる」として話を進めることにします。
そうすると、次に出てくる疑問は、
ロボットに「心」を持たせるべきか?
ということになるのだけれど…、これはムズカシイ問題です。
この映画「メトロポリス」を観て、考えさせられました…
しかし、立場をはっきりさせないと前に進めないので、ここでは
「意図的にロボットに感情を持たせてはならない」
という考え方を支持することにします。
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さて、話を映画に戻しましょう。
少女「ティマ」は、ある事情により、自分に関する情報と感情を持ち合わせない
まま、大都市「メトロポリス」に放り出されます。
そこで彼女が見たものは…、人間とロボットの対立でした。
優秀なロボットたちは結果的に人々の職を奪ってしまっていたのです。職を
追われた人たちは「ロボット追放」を訴えています。
もちろん、だからといってロボットが人間を虐げていたかというと、そんなことは
無くて、むしろロボットたちこそ悲しい存在でした。
人間はロボットを破壊する権利を持っているが、ロボットには人間を傷つける
ことは許されていない。ロボットはあくまでも「道具」の延長であり、ただそれだけ
の存在なのです。
そんな中で「ティマ」は命を狙われます。「ティマ」は世界を支配する力を持った
ロボットなのです。もともと、それが目的で作られているのです。
「ティマ」が最終形態に至ったとき、世界の最高支配者は「ティマ」つまり「ロボット」
になるのです。
それを阻止するために、青年「ロック」が「ティマ」の命(?)を狙います。それこそ
執拗なくらいに「ティマ」を追いつめます。
ロックはこのお話の主人公ですね。原作にはいないそうなんですが、彼のセリフ
は実に重い。人間とは、いったい何なのか?ロボットとはいったい何なのか?
人間が人間であるために、どういう行動をとるべきか?
特別な嗅覚で嗅ぎ分けています。
まだ若いので、行動がやや熱くなりすぎているし、ストレートな言葉遣いで相手を
傷つけるし、一言でいうと「やなヤツ!」なんだけど…ね。
でも、僕はロックが大好きだ。
また、一方で「ティマ」は人のやさしさにも触れることになります。
ひとりの少年「ケンイチ」が彼女を(非力ながら)懸命に守ります。
結果的にこの少年が、わずかながら…「ティマ」の「心」を目覚めさせたのです。
そして、その時「ティマ」は、自分は人間であると信じていました…。
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これ以上書いてしまうと、ネタバレになってしまうので…後は映画館で本編を
観てくださいね(^^)
あとは僕が、この映画を観て思ったことを最後に書きます。
繰り返しますが、
「意図的にロボットに感情を持たせてはならない」
と思います。もちろんあくまで「今のところ…」です。
今の人間のレベルでは、ロボットに心を与えてはならない!問題はロボットの
心ではなくて、人間の心のありようなのです。ロボットに心を与えるのなら、同時
にロボットの自由を認めなければならない。対等なパートナーとして認めなけれ
ばならない。
行動に制約を設けておきながら「心」だけ与えられたら、ロボットという存在は
悲しい。
もし、自分がロボットだったら、しかも「心」を持っていたら、どうでしょう?
人間とうまくいっているときは良い。問題は対立したときだ。
どんなに頑張っても相手に勝てないように制約が設けられているわけで…
たぶん悲しいと思う。もちろん、最初から「自分は人間には勝てない存在だ」と
プログラミングされていれば納得できるのかもしれないけれど、それだったら、
もうそこには「心」というものは存在していない。
人間にとって都合の良いように「曲げられた心」だ。
まぁ、それが「ロボットにとっての心」である、と定義づけてしまえば…それまで
なんですけど。つまり「喜怒哀楽」ではなくて「喜喜楽楽」みたいな「心」になる
わけですね。でも、たぶん人間はそれじゃあ最終的には絶対に満足しないと思う。
なぜなら、人間がロボットに「心」を与える目的は、自分を理解して欲しいからだ。
喜びや楽しさだけを理解してくれる存在では、納得できないと思う、きっと。
苦しさや、悲しさを理解しないで、優しさが生まれるはずがない。もし生まれた
としても、人間にとっては、かなり偏った優しさになるのではないだろうか?
「それでもいい」というのであれば、ロボットに「心」を与えればいい。
しかし、まぁ、あれですね。
最近の技術の進歩にはスゴイものがあるから、「心」を与える、与えないなんて
議論をしているうちに、ロボットの方で勝手に「心」を持ってしまう時代が来てしま
うかもしれないわけで…、そうすると、今のこの時代は「平和だった」って言われ
るんでしょうね、きっと。
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小松原一男さんの描いた「ティマ」を観てきたばかりなので、ついつい
ロボット擁護派にまわってしまいましたが…(^^)まぁ、そこはご勘弁を…。
とにかく、圧倒的に綺麗な映画です。そして複雑な映画です。
ラストに向けて「ティマ」がどんどん変わっていきます。さすがは小松原さんです。
圧倒的な美しさのCGの中でも、やはり「ティマ」は輝いています。
小松原さんがかけた意気込み、しっかりと受け止めました。
おもしろい、というよりもスゴイ映画でした。ぜひ一度御覧あれ!
ではでは〜。
(01-05-26 Update)
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