「鉄郎って守られてるよなぁ(良い意味で)」
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銀河鉄道999の好きなシーンのひとつに
『惑星メーテルの駅に着いたとき、鉄郎がメーテルを平手打ちにする』
ところが、あります。
好きなシーンはそれから続いて、
『鉄郎が機械化ポリスに殴られて、気絶するところ』
まで続きます。
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で、いきなり現実社会に戻りますが…
たとえば、飲み会とかで、出席者は大きく3種類に分類されます。
1)自分からどうしても話しかけたい人
2)まぁ、話しても話さなくてもいい人
3)できれば…話し掛けて欲しくない人
もしも1)の人がいたら、その飲み会はすごくエキサイティングで、わくわく
どきどきして、すごく楽しいんです。
しかし、もしも…
僕にとっては、すごく、すごーく話しかけたい人が、
僕のことを、3)のできれば話し掛けて欲しくない(嫌いな)人だと思ってい
たら…
それは、とても淋しいことですよね。
表面上はにこにこして、楽しそうにしているのに、本当は
「あー、早くこの人の話終わらないかなぁ…」
と思っているとしたら、怖いですよね。
僕はいつも、こういった不安をかかえて生きています。
だから、とても大切な人との会話は、どんなにノリノリで会話が盛り上がって
いたとしても、ふ…と冷静になって、相手に「ここで切り上げてもいいですよ」
というポイントを用意してしまうのです。
本当に、楽しくて楽しくて仕方が無い瞬間に、一番の不安を感じてしまうので
す。そういう怖さって、わかりますかねぇ?(わからなくてもいいのですが)
…そういう人にとって、銀河鉄道999はすごく優しくて、泣けるのです。
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惑星メーテルの駅で、メーテルが、女王プロメシュームの一人娘であること、
若者を連れてきて、この星の部品にすること
を知らされたときの、鉄郎の表情は…もうね、直視するのが苦しいのです。
タイタンでの救出劇、機械伯爵を倒した後のワインでの乾杯
鉄郎ひとりが舞い上がっていただけで、メーテルは全然楽しく無かったのか?
結局、メーテルは鉄郎のノリノリな態度に、うんざりしていただけで、心の
底では、『早く機械化母星で部品にしてしまいたい。』と思っていたのか。
『冗談だろ、メーテル…』
それくらい、鉄郎の絶望は深かったと思うのです。
『きたないぞーっっっ!!!!』
という絶望の叫びは、本当に…心に刺さるんです。
たぶん、機械化ポリスに警棒で殴られなかったら、
気絶しなかったら…
鉄郎は泣いたね。
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思うのだけれど…
気絶したのち、
機械化母星の独房で目覚めたときに、
鉄郎は泣いたと思う。
ようやく信じられる人にめぐり会って
信頼しきって、しかも、自分の母親にそっくりの人が…
自分の楽しくてしかたが無い瞬間に、一緒に笑ってくれた人が…
全部、うそだ、だったなんて
僕なら泣くね
泣いて泣いて、泣きつかれて
やがて…疲れ果てて改造される病室に運ばれて
ふと我に帰って
あばれるんです。もうね、手足をばたばたさせて
そこに、メーテルが現れる。
ここから先は映画のとおり…
『なにしにきた!俺の間抜けざまを笑いにか!?』
最後の強がりです。男の子だものね
でも、鉄郎はまだ子供。
『こんな機械の化け物を好きになっちまうなんて、…しまらねぇなぁ…』
もうね、純粋さもいいかげんにしろよ!!!!
くっそー!
涙が止まらないじゃねぇか!
で、たまらずドクター・バンが
『鉄郎…メーテルも君を愛してしまったのだよ』
と助け舟を出す。(ここ、本当に救われるわぁ…)
冒頭の機械化ポリスによる気絶といい、ドクター・バンの助けといい…
鉄郎の悔し涙が封印されていることが、もうね
泣けるんです。監督のやさしさが感じられるんです。
男は、黙って、だれにも見られないところで
ひとり泣くのです。
鉄郎の涙は、母親を失った悲しみの涙で十分なのです。
そして、もうひとつの涙はラストシーンの別離の涙ですが…これは悔しさの
涙ではない。不信の涙でもない。
愛する人を信じることができた、くもりの無い涙なのです。
やさしさの結晶として、流された涙は、どこか心地よい。
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僕も、そういう涙を流せる日がきたら、いいなぁ…
大切な人の前で、おどおどせずに、話せる日がくるといいなぁ…
この一抹の不安を、吹き飛ばしてくれるような人に出会えたなら
それは、とても、…とても幸せなことなのだと、私は思うのです。
そんな、やさしさに出会えたなら…
もう、すべてのことが、どうしても愛さずにはいられなくなると思うのです。
(おわり:特にまとめも無く…)
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