「自由にそして大胆に」
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季節の変わり目は、いろんなものごとを見直すチャンスだ。
ついつい繰返す生活のリズムに流されて、時間が過ぎてしまうけれど
それは、たとえば、山登りの途中で居心地の良い山小屋を見つけたようなもので
そこにいれば、温かいベッドがあり、近くの小川では魚も採れるし、木々には
果実が実っている。そんな感じだ。
疲れた身体をひととき休めるには、これ以上の場所はないけれど
そこにいついてしまったら、もう山には登れない。
やがて季節は巡り、自分が昔ほど若くはなくなったことに気づいたときには
山に登る体力も、気力も失ってしまっていることを知ることになる。
もちろん、山小屋を見つけたときに、山登りをあきらめるという選択肢だって
あっていい。積極的に選んだ道ならば、それもありだ。
無理にいろんなことに挑戦しなくたっていいんだ。
ただし、その時には、この先にある素敵な出会いや、美しい景色をすっぱりと
あきらめることになるだろう。
でも、そうではなく、無意識のうちに立ち止まっているならば、よくよく気を
つけなければならない。山小屋の魅力は、多くの可能性を犠牲にして手に入れ
ることができるものだからだ。
そして、今、僕の山小屋もずいぶんと手入れが進んでしまった。
周りの人たちに支えられ、生きていく上での不安は拭い去られたように見える。
いっときの疲れはすでに消え去って久しい。
そんな折、季節の変わり目のすきま風が、窓ガラスを叩く音がする。
窓の外を眺めてみると、荒涼とした大地を踏みしめて、高みを目指している旅
人がいるではないか。
僕は驚愕する。
自分のなすべきことを思い出す。僕の目的は山を登ることであって、山小屋を
快適にすることではない。まだ、こんなに登れるだけの力が残っているのに
いったい、ここでなにをしているのだろう。
こう思うんだ。
人は、生きている限り、高みを目指すべきだと。
その目的は、多くの人のためになる何かを見つけるためだと思う。
かつて飢饉などで多くの命が失われたが、今や食料は安定供給される時代。
現代の医学があれば、かつて命を落とした人たちを救えただろう。
鳥を目指して空を飛び、魚のように海を渡る。
そういった人たちの夢を、少しずつでも叶えていくために、高みを目指すのだ
ろう。
だから、今の山小屋を綺麗に整えるという行為は、いずれここを訪れる旅人の
ためであって、自分のためではない。
自分にとっての満足が感じられた瞬間が、旅立ちの合図なのだろう。
多くの先人達が、この先の高みに、旅人のための山小屋を用意してくれている。
だから大丈夫。
この山小屋を出て、歩き出そう。
まだ、足は思いどおりに動くし、目だって十分に遠くを見渡すことができる。
そしてどこかで僕はまた自分の山小屋を作ることになるだろう。
けれど、それまでは登り続けてみよう。
扉をあけて、前に進むには、いい季節じゃないか。
先人達が残した道をたどりながら、自分だけの景色を探して、自分だけの道を
作るために、まず一歩を踏み出そう。
登っていこう。
昇っていこう。
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Exit
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