大銀醸 「星の寒梅」
 GALAXY EXPRESS 999
 
 
     
「車掌さんが守りたかった女の子のお話」
 

 
 
 
 



〜車掌さんに捧ぐ〜


-----1-----

私が銀河鉄道999にはじめて乗ったのは、冥王星でした。

私が生まれた惑星では仕事も無く、早くに両親と死に別れたこともあって
助けてくれる人はほとんどいませんでした。

生きていくために、仕事を探して星々を行ったりきたり。太陽系から弾き
出されるようにして流れ着いたのが冥王星だったのです。


-----2-----


その頃私は14歳で、ずっとずっと疲れていました。悪いこともたくさん
しました。おなかがすいて、どうしようもないときに、パンを盗んだり、
料金を払わずにバスに乗ったり、こっそりホテルに忍び込んで空き部屋で
一時の睡眠をとったり。

小さな罪とはいえ、許されるものではありません。でも、生きていくため
に、私はどうすればよかったのでしょう。


冥王星に来ても、流れ者には良い仕事はまわってきません。

やっと見つけた仕事は、冥王星ステーションの窓拭きでした。冥王星の朝
は特別寒いので、窓はいつだって凍りつき、くもってしまうのです。その
氷をふき取るのが私の役目でした。

冷たい氷をふき取る作業を繰返していると、指先はひび割れてしまいます。
それを口元で暖めながら、指の動きがとまらないように仕事を続けます。
作業が終わると血がにじんできます。

やっとの思いで磨き上げた窓たちも、翌朝にはすっかりくもってしまうの
ですが、そのことは考えないことにしていました。

「徒労」の二文字が心をよぎらないように。

迷いを生じさせないためにも、私は必死に仕事をしました。私が磨いた窓
は、どれも一点のくもりも無く駅を照らすのでした。
それが私の唯一の誇りでもあったのです。

心が折れそうな毎日を乗り切るために、窓から差し込む光だけが、私の支
えでした。だから、私は一心不乱に窓を磨き続けたのです。


-----3-----


そんな仕事で、わずかなお金を稼ぎながら半年ほどが過ぎた頃、私は突然
仕事を失いました。

ステーションの窓が最新型のガラスに交換されたからです。そのガラスに
は特殊な素子が組み込まれていて、氷を検知すると自動で発熱して水分子
を破壊してしまうのだそうです。そう、もうこの窓は永遠にくもることは
ないのです。

しかたなく次の仕事を探して回りましたが、どうしても見つかりません。

僅かなたくわえも簡単に底を尽き、私は気がつくとステーションに来て
いました。プラットホームを眺めると、最新型のガラスは透き通り、私が
窓を磨いていたときよりもずっと明るく輝いて見えました。

その眩しさを目にしていると、不意に涙があふれてきました。

私が窓を磨かなくても、ステーションはこんなにも明るく、美しい。

心のうちに抑圧してきた「徒労」の感情が、抑え切れなくなったのかも
しれません。

プラットホームのベンチに腰掛けてしばらく涙を流し続けていると、私の
前に誰かが立ち止まりました。

「どうかしましたか?」

その男は紺色の制服を着ていました。(もしかして、警察官!)

私は、小さな罪を重ねていましたから、すっかり動転してしまいました。
そしてとっさに逃げ出そうとしました。
でも、おなかがすいていて、その場にしりもちをついてしまいました。
足に力が入らなかったのです。

制服の男は、そんな私に語り掛けました。

「びっくりさせてしまってすみません。なんだか気になったものですから
 ハイ」

ほんの小さな女の子に対しても、丁寧な言葉使いをするなんて不思議な人。
それが第一印象でした。


-----4-----


その人が警察官ではないことがわかったのは、私がクロワッサンとりんご
ジュースをおなかにおさめた後でした。

その人が食べ物を買ってくれたのです。

「おじさんは何してるひと?」
「わたしは銀河鉄道の車掌です。駅で困っている人を見つけると、どうに
 も気になりまして…。」
その人は少し照れくさそうに言いました。

「どの列車の車掌なの?」
「私が乗っている列車は、あちらです。ハイ」
車掌が指差した先には、おそろしく旧式の列車が止まっていました。
どうみても昔の地球で、地上を走っていたタイプのように見えます。

「あれが?ホントに宇宙を飛ぶの?」
「見た目だけで判断されては困ります。外見は旧態依然としていますが
 中には先人達の熱い想いと、最新のテクノロジーが詰まっているんです
 ねぇ。ハイ」
「車掌さん。キュータイイゼンって何?」

そうして車掌さんは、私が落ち着くのを見計らって、列車に戻ろうとしま
した。そろそろ発車時刻だったのです。

その時、私にある「いけない考え」がひらめいたのです。

冥王星の朝はとても寒いのです。その寒さに負けないくらい私の心も冷た
くなっていたのです。だから車掌さんがくれた温かさは、私にとってとて
も心地よかったのです。

私は、その時くじけてしまったのです。何かにすがりたかったのです。


-----5-----


そのいけない計画は、発車ベルが鳴り響く、その瞬間に決行されました。

さっきの車掌が乗る列車に駆け寄りました。

「車掌さん、お願い。助けてください!」
「あなたは先程の…」
「追われているんです、列車に乗せてください!」
「切符はお持ちでしょうね。」
「いいえ。でも追われてるんです。お願い助けてください!」
「と、言われましても…今発車するところでして…」
車掌はすっかり困惑しています。私は必死です。

車掌がきょろきょろしているのは鉄道警備隊を探しているのでしょう。
でも幸いなことに、ホームはその姿は見られない。

「このステーションでは全てのできごとが画像で記録されます。私の危機
 を見過ごしたことが記録されたら、あなたも困るはずです。」
画像が記録されるというのは、口からでまかせです。そうでもしないと置
いていかれてしまうから…とっさに思いついたのです。

「しかし、なにもこんな時に…。それに規則もありますし。」
「緊急避難だったら乗せてもかまわないはずよ。お願い!」
発車時刻は迫っています。私は車掌を見つめます。

じっと見つめあうこと数秒。車掌は私の瞳から何か読み取っているみたい。
すいこまれそうな不思議な気持ち…

ベルが鳴り終わり、一瞬の静寂。

冷たい駅で車掌がついた一息は、かすみのように漂い、霧散した。

「ええい、もうしょうがないですね。まずは乗ってください。」
「ありがと!」
私は嬉々として列車に飛び乗りました。

「あああ、わたしゃどうすりゃ良かったんですかね。」
頭を抱える車掌を尻目に、汽笛は鳴り響き、動輪は力強く動き始めた。


-----6-----


銀河鉄道が宇宙の闇を切り裂いて進んでいる。やっぱりすごい。
星々が虹色にスパークしながらあっという間に、後方へと流れていく。

私はついに太陽系を飛び出した。

弾き出されたんじゃなく、自分の意志で飛び出したんだ。
今までの私を束縛していた殻をやぶって、新しい世界に向けて走り出した
んだ。

私はこれから新しい世界で

きっと、やり直せる…

そんな気がしました。


三等車の車窓から、冥王星など、とっくに見えなくなった頃
車掌が座席までやってきました。

「大変な目にあいましたね。どうですか、少しは落ち着きましたか?」
「あ、ええ…」
「追われているって言ってましたね。至急管理局に通報して悪い奴を捕ま
 えてもらいましょう。」
「あ、あの…」
「あなたを追っていた悪い奴は、一体誰なんですか?」
車掌はじっと私を見つめている。

列車がレールを走る音だけが響いている。

そのひと刻み、ひと刻みが、私の罪悪感をつのらせていくような気がしま
した。

カタンカタン

カタンカタン

お前は…カタン

カタン…それで

逃げ出したつもりか…

人を騙してまで…

カタンカタン

人を騙してまで…


それに耐え切れなくなって、私はつぶやきました。

「…うそなんです」
「え、は?うそ…。うそねぇ。…って!うそなんですか?」
「はい、ごめんなさい」
「じゃあ、不正乗車ですか!」

「………」
「あわわ。こりゃえらいことになった。と、とにかく一緒に来てください。」
うつむく私の手をとり、車掌は通信室へと歩き始めました。


「車掌さん、私これからどうなるんですか?」
「これから鉄道警備隊に通報してあなたを引き渡します。」
「次の停車駅で捕まるんですね」
「いえ、パトロール艇に緊急出動してもらいます。それで冥王星にあなた
 を送り返します。」
「ええーっ!
 それは困るわ。私あそこから逃げ出したいの。お願いです。次の駅まで
 乗せてください。」
しかし、車掌は振り返り、私に向かってきっぱりとこう言ったのです。
「それはできません。規則ですから。」

「だって、パトロール艇よりこの列車のほうが速いわ。追いつくのなんて
 無理よ。だからこのまま乗せてって。」
むかし本で読んだことがある。宇宙列車はどんな乗り物よりも速いって。

すると車掌さんは、心底怒ったようにこう言いました。
「だから列車の速度を落とすんです。次の駅への到着が遅れるかもしれな
 いんですよ!そんなことになったら、あたしゃクビです。」
せっかくあの星から抜け出せると思ったのに…優しい人だと思ったのに。
裏切られた気持ちになって、私はわんわん泣き出してしまいました。

しかし、車掌さんはどこまでも冷たい。
「ウソ泣きしたってダメですよ。」
「ウソ泣きじゃないわ!半分はホントよ!」

車掌さんは通報を終えると、コンピューターと何やらお話をしているよう
でした。ときどき頭をかきむしったりして、私がここにいるのを忘れてし
まったよう。

「あたしゃ死にたいですよ…」
車掌さんは困っているようでいい気味だ。私に冷たくした罰だ。


-----7-----


コンピューターと通信を終えた車掌は、ぐったりした様子で
私をにらみつけると、こう宣言した。

「パトロール艇はあと2時間で追いつきます。そしたらあなたを引き渡し
 ますからね。とんでもないことをしてくれたもんだ、まったく。」

車掌さんは食堂車の座席に腰掛けてぶりぶりと怒っている。
「それにですね。それまで容疑者の監視をしてなきゃならないんですから、
 しばらくは仕事になりませんよ。」

すると、私の前に温かな飲み物がそっと出された。持ってきたのは透き通
った身体のウエイトレスでした。
「ホットミルクです。からだが温まりますよ。さ、どうぞ。」
優しい声だ。
「あ、ありがとうございます」

「クレアさん、そんな子供に親切にしてやる必要なんてないんです。」
まだ怒っている車掌をみて、クレアというウエイトレスはこう言った。
「車掌さんはね、列車が遅れるんでとっても機嫌が悪いの。」
「そうそう、これであたしゃクビですよ。」
クレアはうふふと笑った。
「まさか…クビにはなりませんよ。でも怒られますね。」
そう呟くと、彼女は厨房へと戻っていた。

車掌さんと二人っきりで向かい合っていると、申し訳ない気持ちでいっぱ
いになったのだけれど、どうしても素直になれず、口をついたのは別の
言葉でした。
「そんなに自分の経歴に傷がつくのが怖いの?」
(ばかばか、そんなことが言いたいんじゃないのに。本当は謝らなくちゃ)
車掌さんはこたえました。
「経歴?経歴なんてどうでもいいんです。どうせそんなもん、あの世にゃ
 持っていけませんからね。」
「じゃぁなぜ怒っているの?私がウソをついたから?」

「そうじゃぁありません。わたしにとって一番大切なことは
 一番大切なことは…
 乗客を安全に正確に、そして心からの敬意をこめて守り、送り届けるこ
 とです。そのためだったら…わたしは全てを失ったってかまわないんで
 す。わたしはそのために、この列車の車掌になったのですから。」

「時間どおりに到着するためだったら、途中から列車のスピードを上げれ
 ばいいだけじゃない」
「制限速度があるから無理です。規則ですから。」
「私を次の駅で渡すように変更すれば?」
「無理です。規則ですから。」
「規則規則って、そんなに規則が大事かなぁ?」
「一見馬鹿げたことのようですが、私にとっては大事なことなんです。
 決めたことは必ず守る。それが他人が決めたことでも自分が決めた
 ことでも。守ると決めたことが大事なんです。ハイ」


-----8-----


列車は、私を引き渡すために減速をはじめたようだ。ミルクはすっかり冷
めてしまっていた。どうせ私を引き渡すなら、もっと早くにブレーキをか
けておけばいいのに。銀河鉄道って、非効率な会社だわ。まったく。

…列車のスピードが落ちるにつれて、私はうつむいてしまいました。
「ずっと冥王星にいても、きっと私は変われない。逃げ出したかったの。
 なにもかもから。でも、それもおしまいだわ」
「お気持ちはお察ししますが…」
「できないのよね。『規則』だから!」
悪いとは思ったけれど、この頭の固い車掌に少しくらい嫌味を言っても
いいだろう。

すると車掌は、遠い目をして誰にとも無くこう言いました。
「逃げたっていいんです。そりゃぁ褒められたことではありませんが。
 大事なのは、また立ち上がることです。小さなことから逃げることは
 あっても、大きな夢から逃げてはいけない。そう思うんです。」

本当ならここで素直にうなづかなくちゃいけないのに、私はまた間違いを
犯した。
「口では何とでもいえるわ!それに、規則を破る勇気も無いキュータイイ
 ゼンな人にそんなこと言われたくないわ!」
私はまたわんわん泣いてしまいました。

そんな私を見て、クレアさんがミルクのおかわりを入れてくれました。

そしてきっかり2時間後、パトロール艇がやってきて、私は鉄道警備隊に
引き渡されました。
またあの星に戻るのかと思うと、心は沈んでいくのでした。
「結局、だれも私を守ってはくれないんだわ…」

車掌は悲しそうな目をして私を送り出しました。


-----9-----


冥王星に戻った私は列車を遅らせた罪と、今までの小さな罪を償うために
刑務所に入りました。寒くて厳しい毎日だったけれど、自分の撒いた種だ
もの、自分で刈り取らなくちゃね。


鉄格子がはめられた部屋で、私は、孤独に耐えていました。

でも、それが私に与えられた罰。


だれも、私のことなんて考えてはくれない。

今まで誰だって、私のことなんて守ってはくれなかった。

私のことを本気で考えてくれる人なんていなかった。

それがあたりまえ。


世界は、悲しいよね。

それがあたりまえ。


この寂しさこそが、私への罰なのだから。


-----10-----


やがて冥王星の春が来て、私の出所が決まりました。
考えていたよりもずっと短い期間でここから出られるのが不思議でした。
銀河鉄道を遅らせることは重罪だと聞いていたのに…

そして出所の数日前に、私のもとに一通の書類が届きました。差出人は銀
河鉄道株式会社となっている。中には銀河鉄道株式会社へ来るようにと書
かれた紙が一枚。日時は出所の日の午後3時と書いてある。

そして用件は、なんと「採用面接試験」となっている。

でも、これは何かの間違いに違いない。前科のある人間を銀河鉄道が採用
するはずがない。ましてや私は列車を遅らせたんだから。

ここを出たらしっかりと生きよう。

冷たい壁の小さな窓から差し込む光に、そっとささやいたのでした。



私の心は澄み切っていました。成層圏の空気のように。

清浄で、無垢。

そこに温かさはない。ただ綺麗なだけ。

でも、私の逃げ場所は、ただそこだけ。

本当に私のことを想ってくれる人っていないのかなぁ…そんな人がいるな
ら、きっと私は、今よりずっと幸せになれるのに。

そんな叶わぬ願いを胸に秘めて生きるのって、そんなにおかしなことですか?


-----11-----


春の冥王星はまだ寒い季節です。

私は地図を頼りに、冥王星にある銀河鉄道株式会社へ向かいました。

それは大きな建物だったのですぐにわかりました。

「採用面接なんてウソ。私はここでひどく怒られるに違いない」
そう思うと足がすくんでしまうのでした。体が震えるのは寒さのためだけ
では無いようです。

くるりときびすを返して、逃げ出したい気持ちを無理やり押さえ込み、
なけなしの気合を入れてみた。

「でも、私は謝らなくてはならないわ!」

そして、銀河鉄道株式会社の巨大な扉を、思い切って、押してみました。

ぎぃぃぃ、と不吉な音を立てて扉は開きました。



入り口で送られてきた書類を見せると、すんなりと中へ通されました。

案内されたのはだだっ広い部屋で、正面には大小さまざまなメータのつい
た機械が設置されています。

部屋の真ん中には椅子がぽつんと置かれていました。

いったい何を聞かれるのかしら。怒られるのはしょうがないけど、痛いの
とかはちょっといやだなぁ…
などと考えていると、メータ群が明滅をはじめた。機械が起動したようだ。

ぎょっとして立ちすくむ。



『きみが銀河鉄道を遅れさせた少女か?』

突然機械が話し始めた。

「え、はい。すみませんでした!」
ぺこりと頭を下げて謝ってみたけれど、相手は私が見えているのかしら?

足がガクガクと震える…はずかしい。しっかりしろ私!


『まずは椅子にかけなさい。』

「あ、あの痛くしたりとかは無いですよね?」
『いったい何を言っているんだね。さぁかけなさい。採用面接をはじめる。』

「採用面接…ですか?」
『書類にそう書いてあっただろう。』

「でも、何かの間違いでは?」
『間違いだと!銀河鉄道に間違いは無い。』

「でも、どうして?犯罪を犯した人は採用されないはずでは」
『通常はそうだ。しかしきみを推薦する人物がいたので、こうして試験を
 することにしたのだ。それに…』
「それに…なんですか?」

『あの999号の車掌に規則を破らせた者に興味がある。』
「999号?ってことは、あの旧式の列車が銀河超特急999号だったん
 ですか?」
『きみはそんなことも知らずに列車を遅らせたのかね…』

メータが激しく明滅している。まるで私の動悸のよう。


-----12-----


私にはなにがなんだかわからなかった。

「私が車掌さんに規則を破らせたって、本当ですか?」

あの規則の権化のような車掌が、規則を破るなんて宇宙がひっくり返った
ってありえない。…のに。

『正確には業務指示を撤回させた、ということになるがね。』
「私、何のことだか…」

本当にわからないの。誰か他の人と間違えているのではないかしら。

『そうか…話してはいないのか。いかにもあの車掌らしい。』
「教えてください!決して誰にも言いませんから」

『我々としてもあの車掌の精神構造を分析する必要がある。これから話す
 ことで、気がついたことがあれば、供述してほしい。協力してもらえる
 だろうね。』
「はい、私も知りたいんです。本当のことが。」

メータがしばらく、静かに明滅した。何かの情報を検索しているのだろう。

『通常、列車に容疑者が乗っている場合、逃亡させないために電磁手錠を
 かけることが慣例になっている。規則ではないが、本部からの指示事項
 には当然この条項が含まれている。もちろん不正乗車もその対象だ。』
「…でも私、手錠なんてかけられなかったわ」

私の話など聞いていないよう…。機械は話し続けた。

『冥王星から不正乗車した少女に、車掌は手錠をかけることが出来なかっ
 た。そんなことはできない、と言ってきた。しかし、指示事項を遵守し
 ないことは明確な命令違反だ。このままでは車掌を懲戒処分にするしか
 ないわけだが、彼の意思は変わらなかった。』
「私のせいで車掌さん罰を受けたんですか?」

『彼はこう言った。将来のある、夢のある人に手錠なんてものは似合わな
 い。私は嫌です、と。しまいには命令を聞くくらいなら死にたいとまで
 言い出す始末で…我々もついに折れてね、電磁手錠の条項を抜いた指示
 を出しなおすことにしたのだよ。』
「命令の出しなおしなんて、できるんですか?」

『ただし指示を撤回し、再指示を出すためには地球本部の了解を取り付け
 る必要があるので、どうしても2時間は必要だった。だから我々は列車
 の速度を上げるように指示を出した。パトロール艇がなかなか追いつけ
 ないようにね。追いつくのに2時間もかかるなんて常識では考えられな
 い。ブレーキならいつだってかけられるのだから。』
「どうして…」

『無事再指示が届いてからきみは引き渡された。だから車掌には記録上の
 違反は残らない。999の車掌に命令違反の汚点を残すわけにはいかん
 のだ。』

「部下を守るのってそんなに大事ですか?」
『彼は全力で列車に乗るものを守っている。我々がそういった彼を全力で
 守ることはそんなにおかしなことかね?』


私は電磁手錠をかけられなかった両の手をじっと見つめた。

私も車掌さんに守られていたんだ…

ほんとうに、私って、何も知らない子供だったんだ…

>「あたしゃ死にたいですよ…」

車掌さんの言葉がよみがえってくる。


世界はなんてあったかいんだろう。

車掌さんは、私のために規則まで破ろうとしたんだ。

…私なんかのために


こういうときに涙を流すことは、…恥ずかしいことではないですよね。



-----13-----


機械が再び明滅をはじめた。

『さて本題に入ろう。きみは銀河鉄道で働いてみる気はあるかね。』

「はい…私、ここで働きたいです。やらせてください。お願いします。」


私は、心から、本当にそう願ったのです。


銀河鉄道株式会社

なんて素敵な人たちなんでしょう…




『ではやってみることだ。きみを今日から仮採用とする。チャンスは与え
 た。あとはきみしだいだ。』

「私、あの人のようになりたい。規則だけでなく、私を大切に守ってくれ
 たあの人のように」

やがて機械は沈黙し、メータの明滅も消え、部屋には静寂が訪れました。


心から嬉しいときって気持ちがふわふわして不思議なものですね。



(FIN)


-----あとがき-----


この先彼女がどうなったのか、いくつかの後日譚をご用意することは可能
ではあるけれども、このお話はひとまずここで完結とさせていただきます。

なぜなら、人の想像力に勝るストーリーは存在しないから


とは言え、ひとつの望みとして


未来の彼女の姿を、イラストにしたためてみました。





   
   
   



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