■もうすぐヴァレンタイン
さて、もうすぐヴァレンタイン。世の中の中高生たちがドキドキの週末を迎える
ことになる。
ただし、今年は2月14日が日曜日ということもあるので、なにかと便利。
もらえる人たちは、時間がたっぷり取れるのでついでにデートもできるし、本命
以外のノイズ除去も容易。ディズニー○ンドとか混みそうですね。
もらえない人たちも、
「日曜でさえなければ、学校でいっぱいもらえたのに!」
とか、マコトしやかなウソがつけるってことで。頑張れ、青少年たち♪
今回のイラストは、そういった諸事情からすでに解放された、気楽な立場から
「あー、こんな娘からチョコもらえたら、純粋にドキドキしちゃうよなー」
という妄想をしたためたもの。
イラストの色使いはチョコミントアイスをイメージ。
すっきりしたミントアイスにパリパリのチョコが入ってるのっていいよね。
味覚だけでなく、食感も楽しいとこがこのアイスの魅力なの。
■赤毛のアン感想(ネタバレ全開ですので注意:しかも長文)
休日の時間を活かして、「赤毛のアン」(世界名作劇場)を見直してみた。
総集編のビデオ(全6巻)を、10年前くらいかな、手に入れたのですが、よく
見ています。
心が疲れているときとか、好きな巻を取り出して見直すたびに新たな発見があり
励まされるのです。我が家の家宝のひとつでもあります。
原作はルーシー・モード・モンゴメリ。牧師さんの奥さんだったと記憶してます。
最初、出版社に持っていったときにはボツになり、何年も経ってから読み返して
みて、泣き、笑い、心に響いたので、再度出版社に持っていって、ついに採用され
たという作品。(世の中に出てきてくれて、本当に良かった)
日本では高畑勲,宮崎駿によってアニメ化され、僕もこれを見て育ちました。
今日はそんなアンの魅力を少々紹介してみようと思うのでした。
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いきなりの先制パンチ
『あたしのこと、コデーリアと呼んでくださらない?』
アンが、男の子ではないためカスバート家に引き取ってもらえず、号泣した後
名前をきかれてのひとこと。
「本当の名前は何なんだい」
『アン・シャーリーよ』
(中略)
『小さい頃はジェラルディンなんだと思ってたけど・・・』
もう、なにがなにやら(笑)想像力っていいよね。
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アンとチョコレートキャラメル
『(前略)食べようとすると、のどに塊が突き上げてきて何も飲み込めなくなるの
たとえそれが、チョコレートキャラメルだったとしてもね。』
これはアンが、初日の食事がのどを通らず、マリラ(養母)に、ちっとも食べてない
と指摘されてのひとこと。
『あたし2年前にチョコレートキャラメルをひとつ食べたの。本当においしかったわ。
よくそれからチョコレートキャラメルをたくさん持っている夢をみるんだけど
いつも食べようとすると目が覚めてしまうの・・・』
とつづく。
このときアンを見つめるマシュウ(養父)の眼差しが、慈愛に満ちていて印象的。
(後にマシュウはアンにチョコレートキャラメルをプレゼントする。マリラは感心
していなかったけどね。)
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マシュウのような大人になりたい。
『わしたちのほうであの子の役に立つかもしれんよ』
これはマシュウが、マリラに
「あの子が何かの役立つとでもいうんですか?」
と問われてのひとこと。
本当はマシュウの野良仕事を手伝うために、男の子を引き取るのが目的だったので、
女の子では役に立たない。よって、マリラのセリフが全面的に正しい。
孤児院に送り返すべきである。
しかしながら、マシュウにはもっと大きなものが見えている。
人として生きる本質を、しっかりと捉えた生き方に敬服するのでした。
当然のことながらマリラは反対し、アンを孤児院に送り返すように促すのだが・・・
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マリラのような大人になりたい。
『そうですね。どうしたらいいか』
これはアンが孤児院に送り返される代わりに、業突く張りなブリュエットの奥さん
のところに渡されそうになったときに、マリラが反対を唱えたひとこと。
アンが絶望にうち震えているのを見て、静かにこころを決めた瞬間でもあります。
『別に私たちあの子を引き取らないとはっきり決めたわけじゃないんですよ』
と続く。
このひとことがきっかけで、状況は一変し、アンはグリーンゲイブルズ(マシュウと
マリラの家)に引き取られることが決まりました。
マシュウと違って普段表には見せないけれど、心の深いところでは優しさに満ちて
いるのがわかります。そういう姿をみると、こちらまで温かい気持ちになりますね。
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親友ダイアナがいい子でよかった。
『あたし、ほんとうにあなたが好きになりそうだわ。ウフフ』
アンの親友と言えばダイアナ。上のひとことは、初対面のときのダイアナのセリフ。
名作劇場での容姿は未来少年コナンのラナちゃんとそっくり。きっと親戚だと思う。
という話はおいといて。
同世代の友達がいて、その子が真っ直ぐな性格で、孤児院からきた女の子のことを
軽蔑もせず、むしろ積極的に愛してくれたことがアンにとっては僥倖でした。
腹心の友の存在が、その人を何倍にも成長させるのだから。
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お茶会での悲劇
『「い」で始まる赤い飲み物のまない?』
マリラの許しを得て、ダイアナをお茶会に誘ったアンが切り出したひとこと。
しかし、出された飲み物は「いちご水」ではなく「ぶどう酒」だった。
(マリラがいちご水を地下室にしまったことをすっかり忘れていたのが原因)
ダイアナはコップに3杯もいちご水ならぬぶどう酒を飲み、すっかり酔っ払
ってしまう。これが原因で、ダイアナの母親はひどく怒ってしまい、アンと会う
ことを禁じてしまう。誤解というものはなかなか解けないものなのだ。
悲劇とも喜劇ともつかない出来事だが、この苦境が逆に2人の友情を深めること
になる。
ある雪の夜に、ミニーメイ(ダイアナの妹?)が高熱を出してしまう。会うことを
禁じられたダイアナがアンに助けを求めてやってくる。親達は大統領を一目見る
ために町へ出てしまっている。子供達だけで看病をする長い夜がはじまった。
アンの夜を徹した献身的な看病が天に通じたのか、ミニーメイは命を取り留める。
夜中に遅れてきた医者は、アンこそが命を救った本人であると高く評価する。
ついにはダイアナの母親も全てを水に流し、アンをお茶会に誘って終幕。
お茶会での悲劇を、お茶会で和解するという、物語としても美しい締めなのでした。
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毒入りケーキ事件
『だって私、風邪をひいてた(鼻がきかなかった)んですもの。ワーッ!(泣)』
グリーンゲイブルズにミセス・アラン(アラン牧師の奥さん)をお茶会にお招き
したときの出来事。
アンの作ったレアケーキはとても美しく、おいしそうだった。真っ赤なゼリーを
はさんだふわふわのケーキにたっぷりのクリームをかけた逸品。
お茶会でアンとミセス・アランは、お互いが馬の合う人だと感じ、幸せに包まれる。
お茶会の最後に、ついに出されたアンのレアケーキを、ミセス・アランは一口
食べて顔をしかめる。異変に気づいたマリラが味を確かめて、香料であるバニラの
ビンを持ってこさせる。そして真実が明かされる。
ビンの中身は、痛み止めの塗り薬だったのだ。
「でも、いったいどうして匂いをかいでみなかったんだい?」
とマリラに問われて、最初のひとことにつながる。
2階に駆け上がりベッドで泣き伏したアンに、やさしく語りかけるミセス・アラン。
そして二人の親交はさらに深まるのだった。
お茶会をひらく風習があったこの時代は、今よりもずっと文化的であるような気が
しますね。
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マシュウとふくらんだ袖
『・・・く、熊手はありますかな!』
女性恐怖症のマシュウが、クリスマスコンサートに出演するアンのために膨らんだ
袖の服を買おうと決心するお話。
アンは昔から膨らんだ袖の服に憧れていたが、マリラはいつだって実用的な
かっちりとした服しか与えなかった。虚栄心を抑えるためのことなので、そこには
マリラの信念がこもっている。
そんなことが背景にあるので、アンに膨らみ袖の服を買うというのはマシュウ
ひとりで成し遂げなければならない一大事なのだ。
しかし悲しいかな、マシュウは女性とまともに話をすることができない。しかも
女性の服を買うなんて・・・。それでも頑張るマシュウが、店の中で必死になって
服を買おうとするのだが、恥ずかしさのあまりトンチンカンな注文をしてしまう。
それが、最初のひとこと。
買わなければ、でもはずかしい。女性の服なんて・・・あ、あのぅ。よし!言うぞ
ってことで、搾り出した言葉が「熊手?」。はぅー意味不明。でもそこが良い。
結局マシュウひとりでは解決できないことを痛感したのだった。
最終的には、近所の友人であるリンドのおばさんに相談することで、コンサート
の朝にドレスは間に合うのであった。
そしてドレスを着たアンを見て、マシュウはもちろん、マリラでさえ成長したアン
の美しさにはじめて気づくのであった。
もちろんアンは天にも昇る喜びようで、美しいクリスマスの朝に感謝するのでした。
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最後に、物語の終盤で、最も心に残った言葉を記しておきます。
『しかし、やがてアンの口元には微笑みが浮かび、心も平静に復していた。
アンは自分の為すべきことをしっかりと真正面から見据え
そこに、味方を見出したのだった。
義務というものが、これを率直に受け入れるときに、いつもそうであるように。』
これは、アンがクイーン学院を最優秀で卒業し、エイブリー奨学金を授与されて
(レドモンドの大学に進む道が開かれた)未来がばら色に輝いているところから、
数日後の出来事。
急転直下、マシュウ(養父)が心臓の病に倒れ、マリラ(養母)ですら失明の
危機にさらされ、グリーンゲイブルズ(愛すべき我が家)を手放さねばならぬ、
という苦境に立たされた。
そんな夜に、小川の流れを見つめ、悠久に広がる星空に包まれながら、静かに
涙を流すアンが、「ひとつの重大なる決心」をする瞬間のナレーションです。
アンはレドモンドへの進学を止めて(マリラはずいぶんと反対しましたが)
グリーンゲイブルズに残る決心をする。
自分を引き取ってくれた人たち、育ててくれた家、惜しみなく注いでくれた愛情
を思えばこそ、その人生の曲がり角をゆくことに決めたのだ。そこには悔いなど
というものは微塵もない。その信条を表す言葉として、
先程のナレーションはあまりにも見事で、今も僕の心の中に残っているのです。
「神は天にいまし、全て世はこともなし」
■高く舞い上がるためには(夢想的なひとりごと)
かつて「士農工商」という時代があった。武士こそが尊く、商いなどというもの
は下賎だという時代。たとえお金は無くとも、志を高く持て。
武士は食わねど高楊枝
という風潮がつうじていた時代が確かにあった。
しかしながら、外国の武力に屈しての開国
そして、第二次世界大戦での敗北を経て
世の中は一変する。経済こそ力なり。世の中お金を持ったモンが勝ちなのだ!
というものずごいパラダイムシフトが日本を翻弄してきた。
当時はそれが正しい選択だったと思う。結果がそれを証明している。
しかし、それもそろそろ終わりを告げるように思う。
僕は経済については門外漢なので深く話すことはしないけど、このまま労働賃金
の安い国とGDPを勝負するようなことは止めるべきだと思う。給料が5倍違う
国の人と勝負するなら、その国の人の5倍の価値を同じ時間で生み出さなければ
ならない。あるいは5分の1の人数でこなさなければならない。
でも、それにはきっと無理がある。みんなが天才じゃないんだから、かならず
脱落する人が出てくる。ていうか、ほとんどの人に無理を強いることになる。
だからもっと皆もっと頑張ろう!今の5倍頑張ろう!というつもりは毛頭ない。
むしろ逆だ。
今のままでは地べたを這いずり回っているだけ。
僕たちは巨大な身体をもった生き物なのだから、これを維持するには5倍の
食べ物が必要。もちろん5倍の速さで地べたを這いずり回りつづければ生きて
いくことはできるけど。それはかなり苦しい生き方になるだろう。
だからこそ、生き方を変えなければならない。
そろそろ僕たちは高く舞い上がるべきだろう。
パラダイムシフトが起きる時期は近づいている。
方法はいくらでもある。ただし険しい道だ。
今の路線をある程度継承するならば、ユダヤ人のように国を越えて世界中の
国に散らばって経済のノウハウを駆使して中間搾取をすれば良い。ただ、
後発組が生き残れる確率は非常に低いだろう。それに、あまり好きじゃない。
日本人なら日本人なりの羽ばたき方があっていいはずだ。
ここから先は僕が勝手に夢想することだけれど、
いったん経済の枠組みを捨てて、助けを求めている国たちと手を組むという
のが将来に向かって非常に有効な手段であるように思える。
ひとことで言うと
『貧しい国なんてなくしちゃえ作戦』
ということになる。世の中の憎悪は、経済格差によって引き起こされている
部分も多いと思う。そういったいびつな関係を修復することで恒久的な平和
を実現しようということ。
極端な話。アフガニ○タンに日本人の有志(予算は国家がつける)が入植して、
経済活動を活性化させる。社会インフラを整え、ビルを建て、基幹産業を育て
上げる。今ならばIT産業がおすすめかと思われる(初期コストが安い)。
もちろん製造業でも可。とにかく本腰を入れて国を豊かにすることだけを考える。
ただし、軍事産業だけは断固として拒絶する。ここがポイント。
アニメとゲームも大量投入して、闘争本能の抑制にも努めなければならない。
そして数十年後の若者が、戦争という破壊行為よりも有意義な、
クリエイティヴな生き方を選択するようになったならば、このミッションは
成功したことになるわけだが。
当然のことながらリスクはある。
中途半端に豊かになったところで、軍事的な国家として独立してしまう
パターンだってあるだろう。ここの舵取りが極めて難しい。何人かが暗殺さ
れることも想定せねばなるまい。
でもね、今のジリ貧の経済戦争の中、年間3万人もの自殺者が出ているより
は、ずっと意義のある方針だと思うのです。(かなり乱暴な論旨であること
は百も承知だ)
『戦争なんかやってらんねーよ。最新のドラ○エが来月出るんだから』
みたいな、ステップがあってもいいように思うのです。
そういった「押しかけ女房的」経済復興を複数国家に対して実施したら
少なくとも戦争は確実に減ると思う。
『今戦争したら、実家に帰らせていただきます』
と日本が言えば、そう簡単には暴挙に及ぶことは出来ないはず。
で、結局何が言いたいかというのを、10カ条にまとめてみた。
1)そろそろ、今の経済モデルはくずれているのだから、新たな価値観を創出
するべきだ。
2)それは、一国の利益を追求する枠組みから離れたものになるだろう。
3)仲間を増やすなら、助けを求めている国と手を組むべきである。
4)得意技(もてるスキル)を駆使せよ。
5)とはいっても、目に見えた実績も欲しいから、戦争の撲滅という大テーマ
(ビジョン)を掲げるのが良いのではないか。
6)いくら批判されようとも、目標達成のためには周りの圧力に負けてはなら
ない。それがたとえアメリカ(上位者)であったとしても。
7)すぐには理解されなくても良い。後で振り返ったときに、日本がやったこ
とは実は優れた選択であったと世界中の一人でも思ってくれればいい。
8)誰もが手を出せずにいたことに、真正面から取り組むべきである。
9)手柄を横取りされても意に介するな。歴史が全てを証明する。
10)誇り高くあれ。理想を追い求めよ。
という壮大な話をたまには書いてみたくなったので、WEBの辺境にてつぶや
いてみました。
(でもこれって、戦後のアメリカが日本にしてきたことと似てるなー)
まぁ国家の話に限らず、一個人としても、かくありたいという理念を一度書き
留めておきたかったので、文章にしたためてみたのでした。
さあ大きくはばたこう。今からでも遅くはない。
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