「燃やしたと言ったのはウソよ」
「ウラトレスのネジの山」のラセンさん(のつもり)です。
鉄郎が無くしたパスを探すために、ネジの雨(!)の中に
飛び出していったラセンさんもすごいけど、
それを追いかけて出かけてしまう鉄郎もすごい!
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「ウラトレスのネジの山」は、なかなか奥が深くて
今読み返すと、なんだか不思議な気持ちになります。
この話に出てくる
人間は、それぞれが「世の中を支える1本のネジ」である
という考え方は、現在の世界には当てはまる気がします。
誰かが誰かを支えている。支えあうことで、世界は安定
している、ということが言いたいんじゃないかな?
それはそれでいいんだけど…なんだか
ちょっとむなしい
気もします。ネジって一つのところに留まってこそ効果を
発揮するものなので…つまり、動けないわけなんですよ。
「人間の可能性」というものを考えると
(少なくとも変化できる可能性が残っているうちは)
ネジになってはいけない!
というのが僕の意見です。
銀河鉄道999で、鉄郎が「ネジ」になることへの選択を迫られる
シーンがありますけど、その時の彼の行動は興味深いです。
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しかし…
「ネジ」として生きている人が不幸か?と言うと
そういうわけでもないんですよね。
だって、ネジとして生きているってことは、少なくとも
自分の取り付けられる場所(自分の居場所)を確保しているわけですから
それはそれで幸せ
なことだと思いますね。
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ラセンさんは幸せなのだろうか?
ということを考えてみれば「ネジとして生きる」ということ
が、もう少しだけ詳しくわかってくるような気がします。
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で、結局なにが言いたいのかというと…自分でも
良くわからない
のであった(^^)
繰り返しになりますけど…
この話を読むといつも不思議な気持ちになります。
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