大銀醸 「星の寒梅」
 GALAXY EXPRESS 999
 
 
     
新春スペシャルプログラム「ブフテキ悠久紀行(6)」
 
 
 
 
15.吹雪の森

そうだ。鉄郎はホテルの管理人から借りた手袋をはめた両手で
ブフテキを包み込んだ。
「鉄郎さん、あったかいよ…」
「さあいこう!」
と、歩き始めた鉄郎であったが、鼻の上に何かが落ちてきたので
空を見やった。まるで天子の羽根のように、ふわりとした雪が
舞っていた。急ごう、と鉄郎は思った。

しかし、そんな鉄郎の決意をあざ笑うかのように、突然雪は激しさ
を増した。突風で前が見えない。足元がみるみるうちに雪で敷き詰
められていく。

鉄郎は雪が嫌いだった。
母親との別れの日も雪だった。雪でさえなければ、もっと早く歩け
たのだ。そうすれば、人間狩りの危険地帯を短時間で通り抜けて
メガロポリスにたどり着くことができたのだ。しかし、その日は
突然の吹雪で道を見失ってしまった。
気がつくとそこは、機械化人間の所有地で、しかも人間狩りのため
の狩猟区だった。

…いや、これ以上考えるのはよそう、悲しい記憶は気力を奪って
いく。今は前向きなことだけ考えることにしよう。

できるだけ大きな木のそばを通りながら、時折休憩をとりつつ駅へ
と足を進めようとする鉄郎であったが、雪はそれ以上に激しく行く
手を阻んでいた。ブフテキの様子も気になる。
「大丈夫か、ブフテキ」
ブフテキは鉄郎の手袋に包まれて、なんだかぐったりとしていた。
「うん…ちょっと眠いかも…」
「まだ、寝ちゃだめだ!頑張れ!」
うんうん、と応えたブフテキだったが、かなりつらそうだ。

雪は人の歩く速さを極端に遅くしてしまう。晴れていれば数分で
たどり着ける距離も雪の中では数時間かかる場合もあるのだ。

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16.ブフテキの夢

相変わらず雪は降り続けていた。そして時折激しい風が鉄郎と
ブフテキの行く手をはばむのであった。

また、風が強くなってきた。鉄郎は歩くのをやめて、大樹の陰で
すこし休むことにした。
「鉄郎…さ…ん」
ブフテキがかすれるような声で話し掛けてきた。
「なんだい、ブフテキ。」
「ぼく…もうだめかも…」
「何を言うんだ!もうすぐ駅に着くから、それまで頑張るんだ!
 寒いのか?だったら…」
ブフテキは鉄郎を見つめて、ううん違うの、と言った。
「寒いからじゃなくて…この星に冬が来たから…ぼくにも眠りが
 やってきたみたいなんだ…」
ブフテキを暖めることはできても、冬のおとずれを食い止めること
はできない…。鉄郎は、ただただブフテキを見つめるだけだった。

「…鉄郎さん…ぼくの夢をきいてくれる?」
「ああ、なんでも聴くさ。」
「…あのね、ホントはぼく…美しい獣に生まれたかったんだ…」
鉄郎はうんうんとうなづいた。
「…その獣はね、太陽みたいに金色に輝く毛に包まれていて、春の
 日差しのように温かいの…」
ブフテキは目を閉じた。きっと金色に輝くその姿を想像しているの
だろう。
「…獣の心は優しくて、彼の足跡からは新しい若草が芽吹いてくる
 の。…そして、その若草は冬の雪をとかして草原をつくるの…」
ブフテキの声がだんだん小さくなってきたけれど、鉄郎はもう何も
言わなかった。何も言えなかった。
ブフテキは話を続けた。
「…雪のとけた草原で、金色の獣は大地を暖めるの。…するとね、
 冬の土の中で眠っていた木の実が目を覚ますの…」
鉄郎は、大地から力強い芽が顔を出すのを想像してみた。
ブフテキの夢はつづいた。
「…木の実は、やがて森をつくり…森は、動物たちを冬の寒さから
 守ってくれるの。」
「そうだね…そうしたら、みんな永い眠りから解放されるね。」
ブフテキは、微笑んだ。
「ぼくね、そんな獣になりたかったんだ…。これがぼくの夢だよ。」
鉄郎は、ブフテキをいとおしいと思った。そして断言した。
「ブフテキなら、きっとできるさ。」
本当にそう思ったのだ。

「ありがとう鉄郎さん…ありがとう…」
ブフテキは、心底うれしそうな顔をした。鉄郎は、そんなブフテキの
姿を一生忘れないだろうと思った。

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17.さよならブフテキ

気がつくとブフテキはもう眠っていた。時々「ありがと…鉄郎…」と
つぶやいたりもしていたが、もう目覚めることはないだろう。
そんなブフテキを鉄郎はじっと抱きしめていた。

ブフテキがすっかり眠ってしまうと、鉄郎は立ち上がった。風はぴた
りと止んでいた。
さあ行こう。
ざくざくと、雪を踏みしめる音だけが響いていた。森は静かだ。
やがて、見覚えのある場所に戻ってきた。…ここは夢の泉だ。

その時、鉄郎の心に声が響いた。
「ぼくを泉に還して…」
鉄郎はあたりをきょろきょろと見回したが、だれもいない。
「泉に還して…」
再び声が響いた。
鉄郎は泉を見つめた。次に手の中のブフテキをみつめた。確かに
ブフテキはそれを望んでいるようだった。少なくとも、そう信じる
ことができた。

だから、鉄郎は静かに泉に近づいた。まだ氷の張っていない穏やかな
水面には不思議な温かさが感じられた。
鉄郎はブフテキに語りかけた。
「なぁブフテキ…おれたちが一緒にいたのはほんのわずかな間だった
 けど、…でも、友情は永遠だ。おれは、ブフテキの夢を一生忘れな
 い。約束するよ。」
ブフテキはすやすやと寝息をたてている。

鉄郎は、そんなブフテキを優しく包み込み、泉のみなもにおろすと
手を離した。
ブフテキはゆっくりゆっくりと泉の底へと沈んでいった。澄み切った
水は鉄郎の代わりにブフテキを包み込んでいた。ゆらゆらとゆれる
ブフテキの姿は、まるでゆりかごで眠っているように安らかだった。

ブフテキの姿が見えなくなってしまってからも鉄郎は、しばらく水面
を見つめていた。その時、もう一度だけ鉄郎の心に声が響いた。
「…ありがと…鉄郎…」と。
 

 
 
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