大銀醸 「星の寒梅」
 GALAXY EXPRESS 999
 
 
     
新春スペシャルプログラム「ブフテキ悠久紀行(5)」
 
 
 
 
12.森の奥の小屋

走り続ける鉄郎の視界から男の姿が消えた。
しかし、見失ったわけではない。男は、前方に現れた小屋の中に飛び込
んだのだ。鉄郎は一応用心のために、地面に伏せて少しずつ小屋に近づ
いていった。正面からは危険だ。
鉄郎はジグザクに走りながら裏手に回った。そこには小さな窓があった。
物音を立てないように小屋に近づいた。殺気は感じられない。大丈夫。
いける。

鉄郎はホルスターから戦士の銃を静かに抜き取ると、グリップを手に
なじませ、安全装置を解除した。

ふと、空を見上げると去りゆく銀河鉄道の姿があった。
鉄郎は…それをぼんやりと見上げていた。覚悟はしていたが、実際に
取り残されてみると、身体から力が抜けていくのをどうすることもでき
なかった。
すっかり銀河鉄道の姿が消えてしまうまで、ぼーっと立ちすくんでいた。

鉄郎は、銀河鉄道のことを忘れることに決めた。こうなったらブフテキ
を助けることに集中しよう。
鉄郎は小屋の窓の横に駆け寄ると、壁に背をつけ、少しずつ…少しずつ
身体を窓のほうに近づけていった。
窓のガラスは古いものだったのでやや濁ってはいたもののよく手入れ
されていた。目を細めて部屋の中をうかがうと、意外なものが見えた。
ベッドだ。白いシーツの上にひとりの少女が横たわっていた。
枕もとにはさっきの男がひざまづいていた。肩がふるえている…
泣いているのか?
はっ!ブフテキは?

部屋を見回したが姿が見えない…。

「鉄郎さん!」
横からブフテキの声がした。小屋の陰から小さなブフテキの姿が現れた。
「ブフテキ!無事だったのか?」
ブフテキは、悲しそうな目をして、そしてちょっと怒っていた。
「鉄郎さん、どうしてぼくをたすけにきたの?」
「そんなの、あたりまえだろ!」
「でも、銀河鉄道は発車してしまったんだよ!」
「それは…そうなんだけど、でも、ブフテキを放っておいて銀河鉄道
 に戻ったら、おれはたぶん一生後悔することになったはずだよ。
 友達のひとりも助けられないような男にはなりたくないんだ。」
すると、ブフテキは駆け寄ってきた。
「鉄郎さん!」
鉄郎はブフテキを抱きとめた。
「ありがとう。…ホントは最初にそう言わなくちゃいけなかったのに
 ごめんなさい。」
ごめんなさいごめんなさい…とブフテキは泣きじゃくっている。
鉄郎はそんなブフテキの背中を何度も何度もさすってやるのだった。

「それにしても、さっきの男には文句が言いたいな!」
鉄郎は憤慨して言った。
そして、表にまわると玄関の扉を開けて、声をかけた。
「おい!ブフテキをさらっていった男!入るぞ!」
そして、奥の部屋に入っていった。そこには先ほどとおなじ姿勢で
ひざまづいている男の姿が会った。
男は、思っていたよりもずっとがっしりした体格で、鍛え抜かれた
筋肉が盛り上がっていた。もう、銃は持っていなかった。
男は鉄郎に気づくと、立ち上がった。山のように存在感があった。
振り向いた男の左頬には、大きく目立つ傷跡があった。

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13.冬の眠り

男は、口を開いた。
「後悔などしていない。しかし、おまえには迷惑をかけた。オレを
 殺したいなら殺すがいい。好きなようにしてくれ。」
男はそれだけ言うと、背を向けた。
鉄郎は、ブフテキと顔を見合わせた。そして、たずねた。
「ききたいことが2つある。それを教えてくれ。」
「なんでもこたえるさ。」
男は背を向けたまま呟いた。しかし失礼だと思ったのか、あらため
て鉄郎のほうに向きなおった。鉄郎は言った。
「1つめは、ブフテキをさらった理由だ。そして2つめはこのベッド
 に眠っている人が誰なのかということだ。」
男は、じっとしたまま目を閉じ、頬の傷跡をなで、そして目を開いた。

「2つめの質問から答えよう。そこに眠っているのはオレの妹だ。」
ガラス越しに見たときとはまた違って見える。きれいな銀色の髪を
した少女だった。見つめているだけで胸の奥が痛くなってくるような
美しさだった。かけられた毛布が静かに上下しているところをみると
眠りについているようだ。
「妹は、すでに冬の眠りについてしまった。」
「『冬の眠り』?いったいそれはなんだい?」
鉄郎は首を傾げたが、男は続けた。
「その質問の前に、おまえの1つめの質問に答えることにしようと思う。
 オレがブフテキをさらった理由は、妹にブフテキを食べさせるため
 だった。」
男は、そこでブフテキにちらりと目をやった。
「ブフテキを食べたものは、次の春に目覚めることができると信じら
 れているんだ。だから、どうしても妹に食べさせたやりたかった…」
鉄郎は、よくわからないと言った。
「そうか、おまえはこの星の人間じゃないんだな。ふむ、どうりで
 『冬の眠り』も知らないわけだ。いいか、この星では、世界は冬に
 閉ざされているんだ。短い春が数年から十数年つづくと、その後に
 長い長い冬が来るんだ。冬の長さは誰にもわからない。数千年とも
 数万年とも言われている。だから、みな冬が来ると眠りにつくんだ。
 これが『冬の眠り』だ。」
「でも、また春がくれば目覚めるんだろ?」
鉄郎は、たずねた。
「しかし、話はそう簡単ではないんだ。」

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14.冬のおとずれ

男は妹の毛布を肩まであげてやると、目を伏せた。
「長い長い冬を終えて、春がきても目覚めることができるのは数十人
 にひとりなんだ。だから、春になってもほとんどの生き物は冷たい
 まま森に埋められ、この星の土に還るのさ。」
鉄郎は、とても気になっていることをきいてみた。
「妹さんは『冬の眠り』についたって言ったよな。この星に冬が迫っ
 てきているってことかい?」
「そういうことだ。この星では弱いものから眠りにつく。もうじき
 冬が来るだろう。」

窓の外には重い灰色をした雲が広がり始めていた。

男は、がっしりした手を組み合わせて、搾り出すように語り続けた。
「妹は身体が弱い。この冬を乗り越えることはできんだろう。
 …眠りにつく前にブフテキを食べさせてやりたかった。」
ベッドの上では、そんな兄の想いを知らず少女が静かな寝息をたてて
いた。
「さぁ、オレの話はこれで終わりだ。」
「もうすぐ数千年の冬が来るのか?」
「正確にはわからん。数万年かもしれん。」
「その間、このおれは氷付けってことか?」
男はその言葉に対して、頭をたれた。
「まさか、おまえがブフテキを追ってくるとは思わなかったんだよ。
 銀河鉄道の発車を振り切ってまで来るとはな…。」
「そんなの困るよ!」
「本当に、おまえにはすまないと思っている。しかし、もうどうする
 こともできないんだ。あきらめてくれ。」

ブフテキは、じっとしていたが…鉄郎のそでをつかんで言った。
「駅に行こうよ!」
鉄郎は、怪訝そうな顔をした。
「でも、銀河鉄道は発車してしまっているよ。もう、とっくに…」
「そうかもしれないけど、でも、もしかしたら…。」
鉄郎は、外に目をやった。冷たそうな風が出始めていたが、確かに
ここにじっとしていてもしょうがない。駅まで行けば、なにかまた
旅を続ける方法が見つかるかもしれない。

男はベッドの横でなにやら呟いているようだった。鉄郎は、まだ言い
たいことが山ほどあるはずだったのだが、男に投げかける罵詈雑言
を何ひとつ思いつくことができなかった。
妹のために肩を震わせて涙を流す男に、かける言葉はなかった。
男の左頬にある傷跡の上を幾筋もの涙がつたわり落ちていった。

鉄郎は、ブフテキとともに小屋を出た。
冷たい風が鉄郎の頬をぴしゃりと打った。ブフテキは震えている。
 

 
 
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