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9.森へのいざない
翌朝窓の外では、抜けるような青空が鉄郎を待っていた。
「うーん」と、のびをする鉄郎の横で、ブフテキも「うーん」と、まねを
していた。メーテルは髪にブラシをあてていた。
「あら、起こしちゃったかしら?」
メーテルがブラシの手をとめて鉄郎に目をやった。
「いいや、ちょうど眠りからさめたら、メーテルが髪をとかしていただけ
だよ。もうこんなに日も差し込んでいるし、起きなくちゃね。」
「それにしても銀河鉄道はいつ発車するのかしらね?」
メーテルは首のまわりの髪をさぁっと後ろに流しながら、小首をかしげた。
昨日車掌さんが走り回っていたけど、銀河鉄道管理局からの停車命令のあと
に情報がとだえてしまって、この星の停車時間がわからないのだ。
「こんなに気持ちのいい星なんだから、しばらく停車していたいけどなぁ」
鉄郎がそう言うと、メーテルも鉄郎をじっと見つめてつぶやいた。
「そうね、こんな星でずっと暮らせたら…きっと幸せでしょうね…」
メーテルのふと見せるさびしげな表情に鉄郎は気づくはずもなく、部屋の
窓を全開にして新鮮な朝の空気を思いっきり吸い込んでいた。
「森まで行ってみようか?」
ブフテキが、鉄郎を見上げながら提案した。
「森?でも、銀河鉄道がいつ発車するかわからないし、あんまり遠くまで
は行けないんだけどなぁ。」
「森はすぐそこだよ。それに、森には素敵な泉もあるんだよ。」
「泉?」
「うん。『夢の泉』だよ。この泉の水を飲むと、その人の夢がかなうって
信じられているんだ。」
鉄郎は少し考えてから、メーテルに
「ちょっとそこまで出かけてくるよ。」
と声をかけた。メーテルは少し不安そうな顔をしたが、
「銀河鉄道は発車する前に汽笛を鳴らすわ。長く2つ、短く4つよ。」
とだけ言うと、快く送り出してくれた。
「長く2つ、短く4つだね。」
鉄郎は、しっかりとその数を覚えた。
玄関を出かけるときにホテルの管理人が手袋を貸してくれた。なんで手袋
なんだろ?きっとこの星の迷信かなにかに違いない。
「いってきまーす。」
鉄郎とブフテキは、大きく手を振って挨拶をした。
ホテルの窓からメーテルが小さく手を振ってくれていた。
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10.夢の泉
確かに森はホテルから歩いてすぐの場所にあった。
森の中を歩くと、木漏れ日が鉄郎の顔にまだらの模様を描き、それを見た
ブフテキはころころと涼やかな声をあげて笑うのだった。
「それにしても、深い森だなぁ。道に迷いそうだ…」
鉄郎が木々を見上げながらつぶやくと、ブフテキは胸をはってこたえた。
「大丈夫、ぼくがついてるから。」
「頼りにしてるよ。」
そして、前方にキラキラとした光が見え始めた。
「鉄郎さん、もうすぐ泉に着くよ。」
そのまま道なりに進むと、不意に視界が開けた。
とても静かな空間だ。
そこは木々で覆われたドームのようだった。鉄郎たちがその中に入り込む
と先客たちが顔をこちらにちらりと向けた。この星の動物たちだ。
あるものは疲れ、あるものは傷ついていたが、泉の水を飲み、しばらく
すると気持ち良さそうに寝息を立て始めるのだった。
「ああやって眠り込んだ後目覚めると、みんな元気になるんだよ。」
ブフテキがそう言うと、鉄郎はちょっと不安そうになった。
「この水を飲むと眠ってしまうのかい?」
「眠るのは傷ついたり、疲れたりしてる生き物だけだよ。元気なときに
飲んでも眠くなったりはしないよ。」
確かに、小さなリスのような生き物が泉のまわりを走り回りながら時折
泉の水を飲んだりしているが、いっこうに眠る気配は見られない。
「じゃぁ、ちょっと飲んでみようかな?」
鉄郎は泉のほとりまで歩いていった。ブフテキも、たたた、とあとについ
ていった。
泉は、深く澄んだ水で満たされていた。見ているだけで吸い込まれそう
な気がする。でも、それは怖いというわけではなく、ふんわりと包み込
んでくれるような優しさが感じられた。
ふたりは並んで泉の水を飲んだ。
鉄郎は、ごくごくと。ブフテキは、こくこくと。
「ぷはーっ!うまいなぁ!」
なんだか、さらさらと心が洗われるようだ。
鉄郎はそのままどさりと仰向けに寝転んだ。木々の枝の隙間から青空が
見てとれる。ブフテキも、鉄郎の隣に横座りになった。
「ね、きてよかったでしょ?」
「あぁ、いい気持ちだ…」
この泉の水を飲む者は願いが叶うという話も、今なら少しだけ信じられる
ような気がした。鉄郎は、めをつむって両手両足を大きく伸ばした。
なんだか、身体の底から力が湧いてくるようだ。
ブフテキはといえば、動物たちと会話を楽しんでいる。
…ブフテキ、おもしろい存在だ。いったい彼は何者なんだろう?なんの
ために生まれてきたのか?ただ、食べられるためだけに生まれてきたな
んて信じられない。
鉄郎は上半身を起こして、泉の水面をじっと見つめた。キラキラとした
輝きは何かを語りかけているようだ。しかし、鉄郎にはその意味という
ものを理解する術(すべ)をしらなかった。
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11.ブフテキの危機
…悲鳴を聴いたような気がした。
まさか…ブフテキ?鉄郎は腰のホルスターに手を伸ばした。戦士の銃
コスモドラグーンを抜いて体勢を低くすると、あたりの雰囲気をうかが
った。
ブフテキの姿が見えない。
がさり、と茂みの一角が動いた。あっちだ!
鉄郎が視線を向けると、一人の男が走り去っていくところだった。
遠くから、汽笛が聞こえた。長く2つ、短く4つ。…銀河鉄道の発車の
合図だ。
男の姿はどんどん小さくなっていく。
鉄郎は、迷うことなく走り出した。男の逃げた方角に向かって。
その時初めてブフテキが声をあげた。
「きちゃだめー!」
やはり、あの男に捕まっているようだ。
「待ってろブフテキ!今助けてやるからなー!」
「だめー!銀河鉄道に乗り遅れちゃうよ!だから…」
声はそこで途絶えた。男に口をふさがれたのかもしれない。
鉄郎は駅のほうへちらりと目をやったが、何かを振り切るように、走る
スピードをあげた。
「こっちへくるなー!」
男が銃を撃ってきた。しかし、走りながら後ろに向かって撃ったところ
で当るはずもなく、かえって鉄郎との距離が縮まるばかりであった。
そのことに気づくと、男は振り返ることなく一目散に森の奥へ向うこと
に決めたようだった。
鉄郎は、奇妙な感覚に襲われていた。逃げる男の背中はどう見ても
無防備だった。相手に背中を見せてまっすぐ逃げるなんて、さぁ撃って
ください、と言っているようなものだ。宇宙に生きる戦士なら、そんな
走り方はしない。どんな盗賊だってそんな危険なマネはしない。
いったい彼は何者なのだ?
切り株をたくみによけながら、鉄郎は走り続けつつ、そんなことを頭の
すみで考えていた。だから、銃はホルスターにしまった。そのほうが
ずっと走りやすいのだ。 |
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