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6.ブフテキの誕生
「ねぇねぇ、早く食べちゃってよ。」
そんなことを言われても、鉄郎は戸惑うばかりであった。ステーキ
の切れ端がしゃべるなんて…
「ほほう、これはブフテキじゃな。」
いつの間にか管理人が部屋に入ってきていた。あんまりビックリし
たので、誰かがやってきたことに気づかなかったようだ。
「ブフテキ?」
鉄郎がたずねた。管理人は目を細めて、その『ブフテキ』なるもの
をいとおしそうに眺めていた。
「そうじゃよ。ブフテキじゃ。わしも本物を見るのは初めてですじゃ。」
「いったいこの子はなんなのかしら?」
さすがのメーテルも知らないようだ。
管理人は、あごひげをしごきながら昔を思い出すように語り始めた。
「旅人さんたちも、この星に命が満ち溢れていることはご存知じゃろ
う。我々の魂は、あるところに集まっており、しかるべき時が来た
ならば順番にこの世界に生まれてくると信じられておるんじゃが、
時折、命が溢れ出してな…不思議な生命が生まれてくる場合がある
のですじゃ。」
「それじゃ、この子も溢れ出してきた命ってこと?」
「おそらくそうじゃの。詳しいことは、ブフテキ本人に聞いてみるの
が良いじゃろうて。」
管理人はニコニコしながら、ブフテキを見つめていた。
鉄郎は、思い切ってブフテキに話し掛けた。
「あの…、きみはいったいどういった生き物なのかな?」
ブフテキは立ち上がり、不思議そうな顔をした。
「鉄郎さん…でいいのかな。それって難しすぎる質問だよ。」
「そうなの?」
「うん。だって、鉄郎さんはどういった生き物なの?」
「お、おれか…?人間だよ。」
「じゃぁ、ぼくはブフテキだよ。これでいい?」
鉄郎は、ぶんぶんと首を横にふった。
「いや、おれが聞きたいのは、きみはなんでいきなり生まれてきたの
かってことだよ。」
ブフテキは面白そうに、首をかしげて
「鉄郎さんは、なんでいきなり生まれてきたの?」
と問い返した。
「おれは、いきなり生まれてきたわけじゃないよ。母さんが僕を生ん
でくれたんだ。」
ブフテキは、少し考え込んでから、こうかえしてきた。
「鉄郎さん、でもそのお母さんのお母さんの、そのまたずーっと前の
最初のお母さんはどうやって生まれてきたの?」
つまり最初の生物というものがどうやって生まれたのか、ということ
をブフテキはたずねているらしい。そんなこと、わかるはずがない。
だから、鉄郎も
「そんなこと知らないよ。」
とこたえたのだった。
すると、ブフテキは大きくうなづき、こう言った。
「ぼくも、自分がどうやって生まれてきたのかは知らない。…でも
それって、たいしたことじゃないと思うよ。だってほら、ぼくも
鉄郎さんも、確かにこうしてここにいるんだもの。」
まぁ、そうかもしれない。
悩んでいる鉄郎の代わりにメーテルが口を開いた。
「ブフテキさんは生まれてきて、なにかしたいことってあるのかし
ら?」
「うん、ぼく、素敵な人に食べられたいの。」
「うふふふ、食べられるのが夢なのね。」
「そうだよ。ぼくの身体が他のものたちの生きる手助けになれば、
これにまさる喜びはないよ。」
うんうん、とブフテキは自信を持って宣言した。
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7.旅の目的
いきなり生まれてきたブフテキに最初はめんくらったが、ひととおり
驚いてしまうと、鉄郎の胸に好奇心がむくむくと湧きあがってきた。
「ブフテキくんは…」
鉄郎が話し掛けると、
「ブフテキ、って呼び捨てでいいよ。」
とブフテキはテーブルクロスに腰掛けながら気さくな笑みを見せた。
「じゃぁブフテキ…は、どこから来たのかな?生まれる前のことって
覚えてる?」
ブフテキはしばらく考え込んでから語り始めた。
「ぼくたちは、生まれる前に『思念の海』というところを漂っている
んだ。そこでいろんなことを覚えて、この世の中に生まれてくる準
備をするんだよ。」
「『思念の海』?」
「そうだよ、みんなそこでいろんなことを教わるの。例えば鳥は飛び
方を、魚は泳ぎ方をね。だから、みんな生まれてきてからすぐに
この世界で上手に生きていけるんだよ。生まれたばかりの魚がおぼ
れているの見たことある?」
ない、と鉄郎がこたえると、メーテルが助け舟をだした。
「鉄郎、きっとわたしたちの知っている『本能』のことじゃないかし
ら?」
きっと、かなり近いような気がする。
今度はブフテキのほうから質問してきた。
「鉄郎さんは、旅してるんだよね。」
「あぁ。機械の身体をただでもらうためにね。」
「機械の身体…って美味しいの?」
「ううん、機械の身体は食べられないんだよ。」
すると、ブフテキは飛び上がらんばかりにおどろいた。
「えーっ!食べられない身体になるの?なんで?」
「機械伯爵を倒すためだよ。」
「機械伯爵って悪い人なの?」
「あぁ。オレの母さんは機械伯爵の人間狩りで殺されたんだ。しかも
母さんの身体は剥製にされてしまったんだ!」
どん!と鉄郎はテーブルをこぶしでたたいた。
ブフテキも憤慨していた。
「ひっどーい!」
鉄郎はこのとき憤慨するブフテキに親しみを感じた。さらにブフテキは
「ひどいよ。殺しても食べないなんて!」
と続けたが、鉄郎は、今度はあっけにとられた。
「あのね…食べないからひどいんじゃなくてね…」
鉄郎が説明しようとしたが、ブフテキはしきりに首をかしげている。
「人間って難しいですね。殺しても食べないし、鉄郎さんは食べられな
い身体になりたいなんて言ってるし…」
どうも、ブフテキはかなり変わった考え方の持ち主みたいだ。
いや、それとも鉄郎のほうが変わっているのだろうか??
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8.恋人たちの会話
「じゃ、そろそろぼくを食べてよ、鉄郎さん!」
ブフテキはワクワクした表情で待っている。鉄郎は困惑している。
「あの…おれ…食べられそうにもない。」
鉄郎がそう言うと、ブフテキは頭の上で両手を合わせた。
「そんなこと言わずにぃ。おねがいだよ。なにとぞ、なにとぞ〜!」
「でもさぁブフテキぃ、そんなに食え食えって本人に言われたら普通
困っちゃうよ。だって、きみは今こうして生きているんだもの。」
「…もしかして、ぼくのことキライなの?」
ブフテキの目にみるみるうちに涙があふれてきた。そして続けてしゃべ
りはじめた。
「あぁ、ぼくって何もかも急ぎすぎるんだよなぁ。そうだよね、食べ物
が命令しちゃいけないよね。どうして、ぼくってこう…だめなんだろ
鉄郎さんがぼくを嫌うのも無理ないよ。ぐすんぐすん。」
これには鉄郎も面食らってしまった。
「あ、いや、ブフテキ…きみを嫌いになったりなんかしないよ!ただ、
今はまだ、ほら、出会ったばかりだしさぁ。もうちょっとお互いの
気持ちというか…そういったことをよく話し合ってさ、それから食べ
ても遅くないんじゃないかと…まぁそういうことが言いたいんだよ。」
「ぼくのことキライじゃないんだね?」
「あぁ、たぶん、かなり好きになれそうだよ。」
「本当に?」
「おれは、こういうことではウソはつかないよ。」
「ふうん、ちょっと安心した。ぼくも鉄郎さんが好きみたいだよ。」
メーテルが、くすくす笑いながら話し掛けてきた。
「恋人同士の会話は終わったかしら?」
「こ、恋人だってー?」
と鉄郎が飛び上がり、ブフテキはといえば、
「ぽ」
と、真っ赤になっている。
「おい、ブフテキ!『ぽ』じゃないだろ!」
「え〜?、だって〜。」
もじもじするブフテキに向かってメーテルは澄んだ大きな瞳を向けて
「はいはい、ごちそうさま。」
などと言っている。鉄郎はがっくりとうなだれた。 |
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