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3.命の満ち溢れる星
列車は静かに大地へと降りていった。遠くから見たときにはよく
わからなかったけれど、近づくにつれてその星には強い生命感の
存在が感じられた。陽の光は優しく、森は豊かにそよぎ、獣たち
は喜びの詩を歌っている。
地表の近くで鉄郎は車窓を開けてみた。気持ちの良い風がさぁー
っと吹き込み、車内が一面の花畑になったような爽やかな香りで
いっぱいになった。メーテルの髪がふわふわとゆれて、まるで
髪それ自体が喜びを感じているようにみえた。
「鉄郎、ここはとても素敵な星みたいね。」
「ああ。こうして風を受けているだけで、なんだかうきうきして
くるよ。」
列車は地表に到達すると、そのまま草原の中を走り続けた。
馬のような牛のような白い動物たちが、ゆっくりと草を食べる姿が
遠くに見えた。列車に気づいて首をもたげるものも中にはいたが、
ほとんどの動物たちは食べることに夢中みたいだ。
もう少し小さな動物たちは、木のこずえで歌いながら、たまに
思い出したように甘い果実をかじったりしていた。
色とりどりの花畑では昆虫たちが思い思いのダンスに興じている。
「どうして、みんなあんなに楽しそうなんだろう?」
「きっとそれは、この星に命が満ち溢れているからよ。」
ふうん、と鉄郎はうなずきながら初めて見る生き物たちを好奇心で
いっぱいのまなざしで見つめていた。
それから数時間走り続けた列車は、停車駅へと到着した。
すっかり陽は落ちて、空には月が浮かんでいた。
プラットホームは木製で、歩くとコツコツという軽快な音がした。
鉄郎は、メーテルの隣に並んで歩いていた。
地球を旅立ってからどれだけの時が過ぎたのだろうか?
まだそれほど前のことではないのだけど、ずいぶん遠くに来たよう
な気がする。
鉄郎は夜空を見上げて、地球はどの方角にあるのだろう、と探して
みたが…結局徒労に終わった。ここからでは太陽系すら見つけるこ
とが難しいのだ。地球なんてどんなに高性能の望遠鏡を使っても見
つけることなど無理な話だ。
鉄郎は、寂しい気持ちが湧き上がってくるのを感じたが、スタート
が遠ざかれば遠ざかるほど、ゴールに近づくことになるのだ、と考
えて、その寂しさを気持ちのすみに追いやることに成功した。
「さぁ、着いたわ。」
メーテルが鉄郎に向かって言った。
気がつくと、ホテルの前に到着していた。ところが、どうしたこと
だろう?銀河鉄道指定の表示がない。
「本当にここでいいのかな?メーテル」
「たぶんね。だって、この星のホテルはここ一件だけなのよ。」
「そうなのか…」
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4.えのつの間
ホテルは木造の2階建てで、古びてはいたがしっかりした作りの建物
だった。手入れも行き届いており、床も柱もぴかぴかに磨き上げられ
ていた。
「気をつけないと滑るわよ、鉄郎。」
とメーテルが注意をうながそうとしたが、その時すでに鉄郎は派手に
転んでいた。
「うう、いてててて…」
鉄郎がおしりをさすりながら顔を上げると…ひとりのお爺さんが廊下
を走ってきた。
「どうも、すみませんですじゃー!」
そして、鉄郎を助け起すつもりで立ち止まろうとしたが、なにせ滑り
やすい床のため止まりきれず、
「わわわ…止まらんですじゃー!」
ごい〜ん!
と、物凄い音がして、お爺さんは鉄郎と激突することになった。
むぎゃー!と叫ぶ鉄郎に、何度も土下座しながら、お爺さんは体勢を
立て直して、鉄郎を抱き起こした。
「わわわ、ワシはこのホテルの管理人ですじゃ。」
ぽんぽんと服のほこりを払いながら、管理人は人の良さそうな笑顔を
見せた。
「はぁぁ、おめさんがた星の海さ渡って来られたお客さんじゃな。
遠くからよく来たもんじゃのう。ふむふむ。」
メーテルが会釈してホテル滞在の話を切り出すと、管理人はさっそく
二人を部屋に案内した。
「ここさ『えのつの間』ですじゃ。」
「『いのちの間』ですか?」
メーテルが念のため聞きなおしたが、管理人はぶんぶんとうなづき
「んだ、『えのつの間』ですじゃ。」
と満足そうにこたえたのだった。
管理人が、ひとしきりホテルの設備について説明してから部屋を出
ていくと、やっと部屋に静寂がおとずれた。
鉄郎は、あらためて部屋を見回した。
ホテルというには、あまりに質素な造りであった。床は磨き上げら
れているとはいえ、板の間で、木の椅子とテーブル、そしてソファ
がひとつ置かれているだけで、寝室にはベッドが二つとスタンドが
頼りない光を発しているに過ぎない。
でも鉄郎は、この部屋にとても好感をもった。
「メーテル、ここの部屋は素敵だね。」
「うふふ、どうしてそう感じるのかしら?」
「この部屋には、僕たちを歓迎してくれる気持ちがあふれているん
だもの。」
「ええ、ほんとうにそうね。」
部屋の隅の花瓶には、おそらく今日摘んできたのであろう花が飾ら
れ、テーブルの上の「おきゃくさまえ」と書かれた手書きのパンフ
レットは(なんと)地球語で書かれていた。
管理人が、あついお茶を持ってきた。
あまみのある、深い香りのする飲み物だった。
お茶の成分のせいであろうか、それとも心遣いのせいであろうか、
メーテルも鉄郎も旅の疲れをひととき忘れるほど、それは身体に
しみるように美味しかった。
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5.夕食の献立
旅の楽しみのひとつに食事がある。
もちろん、生命に満ち溢れたこの星での食事に、鉄郎の期待は膨ら
む一方であった。
「どんな、料理が出てくるのかな?うひひ」
「きっと、鉄郎の期待どおりのものがでてくるわよ。安心して。」
気のせいかメーテルの声もはずんでいる。
そんな期待にこたえて、料理は盛大であった。
(注記:以下、地球の献立で近いもので表現してあります)
三つ葉のおひたしに、山菜のゴマ和え、身のしまったお刺身に、
焼魚、そして、ぷりぷりのエビのようなカニのような…のボイルに
温野菜と白身魚のリゾット、良い香りのするお吸い物…そして
メインディッシュはなんと、肉厚のステーキであった!
「う〜ん、美味しすぎて…なんていうか、涙がでてきた。」
鉄郎は目をうるませながら、残さずたいらげている。メーテルも
残している気配はない。
そして…その時が来た。
鉄郎がステーキの一切れを見つめて、まさに最後の仕上げに取り掛
かろうとした瞬間であった。
ステーキの最後の一切れが、ぷるぷる…とふるえた、のであった。
ギョッとする鉄郎がメーテルに顔を向けたが、メーテルはとっくに
ステーキを平らげて「あら、デザートまだかしら…」などとつぶや
いていた。
鉄郎は、もう一度ステーキの最後の一切れに目をやったが、やはり
微妙に震えているのが見て取れた。鉄郎がじっと見つめていると、
さらに大変なことが起こった。
「はやく、食べちゃってよ!」
ステーキの切れはしが、なんと話しかけてきたのだ。
「わわ、メーテル!ステーキが喋ってるよ。」
メーテルもようやく、事態の異変に気づいたようだ。
「いったいこれは、どういうことかしらね。」
メーテルと鉄郎は見つめあった。が、その程度では答えが出るはず
もなく、ゆっくりと時間だけが過ぎ去っていった。
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