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0.プロローグ
広大な宇宙空間。いったいこの列車はどこに向かって走り続けて
いるのだろうか?
三等車の車窓から見ることができるは、星の海・海・海ばかり。
この列車を牽引する機関車のヘッドマークの「999」の文字だけが、
鮮やかに照らし出されている。
どのようなシステムを搭載しているのかは不明であるが、宇宙空間に
あって、それはじつに「くっきり」と存在を主張していた。
ただし、直径数十センチのプレートが自己の存在を認識させうる範囲
というものはおのずと限られてくる。
広い宇宙空間にあって、この瞬間、このプレートを見ることができる
ものは誰ひとりとしていないはずである。
いったい誰のためにこのプレートは輝きつづけているのか?
この列車の車掌にたずねれば、きっと答えは返ってくるであろうが、
おそらく、規則や規定といった散文的な回答で、我々を失望させる
だけだろう。
しかし、そのことで彼を責めることはアンフェアなことだ。彼は
ただ業務に忠実であろうとしただけなのだから。
だから、ヘッドマークの輝きについてはこう考えることにした。
「本当は誰のためでもない」のだ。
この世界のすべての存在は、ただ自分の信じたことに向かって走り
続けているのだ。きっと、数々の苦悩や葛藤があるだろう。しかし、
心の中に信念がある限り、その道は険しくとも、尊いものである
はずだ。
人々は、たぶん、そんなせつない尊さを「輝き」というかたちで
知覚するのではないだろうか?
もちろん、小さなプレートはこの小さな疑問に応えるはずもなく、
ただ黙って、単身(ひとり)宇宙の虚空に立ち向かうような毅然
とした輝きで、淡い軌跡をえがいていた。
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1.謎の停車駅
ガラガラガラ〜。三等車の扉がスライドし、ひとりの男が現れた。
ひと目で乗務員とわかる制服にぴったりと身を包み、深く深く帽子
をかぶったその姿は、この銀河鉄道の規則・規律そのものが化身と
なって現れたのではないか、と旅人に不思議な印象をいだかせる。
その制服の男は、車内をひととおり見回し、腕章の位置を確認し、
小さくひとつ咳払いをしてから、おもむろに宣言した。
「え〜、次の停車駅はー『ブフテキの星』です、ハイ」
座席に腰掛けていた乗客たちは、「ん?」といった顔つきで少々
戸惑っているようだった。何かが少しおかしいのだろう…。
収まりの悪い沈黙をよそに次の車両へと向かおうとする制服の
男を、ひとりの少年が呼び止めた。
「車掌さん、そんな駅あるんだっけ?」
『車掌』と呼ばれた制服の男は立ち止まり、帽子の影に隠された
ひとみを少年に向けた。
「あ、鉄郎さん。本当のことをいうと私も戸惑っているんですよ。」
「戸惑ってるぅ?」
「え、ええ…。先ほど銀河鉄道管理局から連絡がありまして、
この星が停車駅に加えられたそうなんです。ハイ」
「なんで、こんなに突然…?」
『鉄郎』と呼ばれた少年は、くりくりした澄んだ瞳を車掌に向けて
ちょっとだけ考え込んだ。もちろん、車掌はその疑問に答える義務が
あった。
「確かに鉄郎さんが『突然』と感じるのも無理はないんですが、
宇宙の時の流れは場所により一定しないわけでして、管理局の
ほうではずいぶんと時間をかけて検討したらしいんです。ハイ」
「銀河鉄道の停車駅に加えられるなんて、きっとすごいものがある
んだろうね。」
「ところが、その情報がまだ届いていないんですよ。」
「時間の流れが一定じゃないから?」
「そうなんです、ハイ。どこかの時間の閉ループに巻き込まれてし
まったのかもしれませんし…困ったもんです。」
鉄郎は、ごそごそと上着の布地をつまんだりしながら考え込んで、
こう切り出した。
「車掌さん、その連絡がニセモノってことはないの?」
「それはありえません。銀河鉄道の情報スペクトルで照合してみま
したが、確かに本物でした。」
「ふうん…じゃ、とりあえず安心だね。」
鉄郎がひとしきり納得してしまうと、車掌は会釈をして次の車両へ
と去っていった。
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2.母さんに似たひと
席に戻った鉄郎は、車窓に広がる宇宙を見つめていた。
(次の停車駅はどんな星だろう…)
車内の照明を受けて、胸にさげたペンダントがきらりと輝いた。
鉄郎はそれに目をやり、こう思った。
(…母さん、たとえどんな星でも、おれはきっとそこに降りてみた
くなっちまうと思うんだ。ただおとなしく列車に閉じこもって
終着駅に向かうなんて、おれには似合わないしね。それに、おれ
母さんの分までこの宇宙を見て回りたいんだ。いいだろ。)
ペンダントをパチンと開くと、そこには鉄郎の母の写真が穏やかな
微笑を浮かべていた。いってらっしゃい鉄郎…とでも言うように。
鉄郎は再び車窓へと目を転じた。するとそこに母の笑顔があった。
(母さん…)
白昼夢を見ているような、不思議な甘い一瞬が過ぎ去って、そして
鉄郎は正気に戻った。ガラスに映る母の面影が語りかけていた。
「鉄郎、どうしたの?」
振り返るとそこには、やはり思ったとおり、ひとりの女性が立って
いた。母によく似たまなざしを持った美しいひと。まるで太陽の
輝きそのもので染められたような長い髪。それを贅沢にふわりと
かきあげながら、彼女はいたずらっぽい表情で鉄郎を見つめていた。
鉄郎がこの銀河鉄道に乗ることになったきっかけは、彼女に出会っ
たことだった。
普通ではとても買えない高価なパス(定期券)を彼女はただで鉄郎
にくれたのだ。しかし、どうしてパスをくれる気になったのか、
そして彼女の旅の目的はなんなのか、鉄郎は知らない。ときどき
彼女が何を考えているのか不安になることもあるが、鉄郎にとって
は、彼女がそれを打ち明けてくれることのほうがもっと怖かった
のだ。女性が秘密を打ち明けるときは別れのときであるような気が
するからだ。
鉄郎のそんな不安は、彼の母親が死の間際にこの銀河鉄道の秘密
を打ち明けてくれたという記憶によるものかもしれない。
「メーテル…やっぱりきみは、おれの母さんに似ているよ。とき
どき、『はっ』としちゃうくらいにね。」
「うふふ…また、お母さんのことを思い出していたのね。さびしん
がりやの鉄郎さん。」
「そんな、いつもさびしがってるわけじゃないさ!」
鉄郎はムキになって叫んだ。
「あら、ごめんなさい。それじゃ、ひとりの立派な男性としての
鉄郎におねがいがあるわ。」
「な、なんだい?あらたまって。」
「お風呂に入ってきなさい。私は今、シャワーを浴びてきたけど
気持ちいいわよ。」
「え…。風呂はちょっと…」
「立派な男性はレディーの申し出を簡単には断らないものよ。」
さあさあ、とせきたてるようにメーテルは手をひらひらさせた。
風呂嫌いの鉄郎は、冷や汗をにじませた。どうせならこの冷や汗で
身体の汚れが全部流れてしまえばいいのに、などとよくわからない
ことを考えながら、じりじりと追い詰められていた。
そのとき、救世主が現れた。
「あ、メーテルさん、席にお戻りでしたか。ちょうど良かった。」
「車掌さん、どうかしたの?」
「実は、車両のボイラが故障しまして…、シャワーも風呂も使え
なくなってしまったんです。ハイ」
「私はさっき使ったからいいんだけど、鉄郎が…。困ったわね。」
小さくガッツポーズをする鉄郎をちょっとにらんでから、メーテル
は、ひとつため息をついた。
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